人質は「三億円の田んぼ」……。
世界一の日本酒をめぐり、渦巻く黒い思惑。
『田に毒をまいた。残りの山田錦が惜しかったら、五百万円用意しろ』。
烏丸酒造に届いた一通の脅迫状。見れば一本百万円を超える純米大吟醸酒の元となる田の一角が枯らされていた。捜査の過程で浮上する、杜氏の死にまつわる事件の疑惑。そして、脅迫犯が突きつける、前代未聞の要求とは――。
酔(よ)みすぎご注意。 ふくよかに味わい深い、発酵醸造ミステリーを連載にてお届けします。
玲子がため息をつくと、葉子が、嬉しそうにうなずいた。
「まずい酒もありますが、米の酒も造り方によっては、こんなにおいしくなるんです。でも残念なことに、米で造った酒に、蒸留したアルコールを添加してるのもあります」
「蒸留酒を、添加するだと?」
「サトウキビから砂糖を作った後に残る廃糖蜜(はいとうみつ)。それを原料にして、蒸留して造ったアルコールを、日本酒に混ぜるんです」
「米だけで造れるのに、なぜ、そんな手間のかかることを?」
「安くできるから。太平洋戦争中の満州の零下の気温に耐えるとか、戦後の米不足とか。歴史的な理由付けはあるんですが、今も続いているのは、主に価格です」
「金、金、金。世知辛い世の中だよ、まったく。アルコール添加した酒が、日本酒全体の約八割だからね」
顔をしかめたタミ子が、大きく肩をすくめて見せた。
葉子も、悲しげにうなずいている。
※本記事は、2020年10月刊行の書籍『山田錦の身代金』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。
【主な登場人物】
山田葉子:日本酒と食のジャーナリスト
矢沢タミ子:居酒屋経営者
矢沢トオル:タミ子の息子
葛城玲子:播磨署警察官 警視
高橋 仁:同 警部補
勝木道男:同 捜査一課課長
烏丸(からすま)秀造:『 天狼星(てんろうせい)』醸造元 烏丸酒造 蔵元
烏丸六五郎(むつごろう):同 先代蔵元
多田康一:同 前杜氏(とうじ) 故人
大野 真:同 副杜氏
佐藤まりえ:同 賄い担当
速水克彦:同 新杜氏
富井田哲夫:県庁農林水産振興課課長
松原拓郎:農家
松原文子:拓郎の妹 農家
桜井博志(さくらいひろし):『獺祭(だっさい)』醸造元 旭(あさひ)酒造会長
甲斐今日子:酒屋
黒木 将:酒屋
ワカタ ヒデヨシ:元プロサッカー選手、日本酒プロモーター
スティーブン・ヘイワード:有機認証機関検査官