神谷君が最終的に小児科を選択することになったとしても、少なくともこの1ヶ月は外科医になるつもりで取り組んでくれたらいいなと思った。もっともそんなことを言う立場にもないため、この思いは心に留めておいた。

東国病院には毎年20人以上の研修医がやって来る。数が多いため指導医が丁寧に教えてくれるというよりは自分で能動的に学んでいくという研修スタイルである。

一方で、僕が研修した石山病院は研修医が3人しかいないため1人1人を大切に育ててくれる病院だった。もっとも病院の規模が異なり、学べる内容も違うので、一概にどちらの研修が優れているというようなことは言えない。大手予備校と個人塾みたいなもので、人それぞれに向き不向きもある。

「執刀は2回目だよね。とりあえず1時間はあげるからできるだけ頑張ってみて」
「はい。頑張ります」

今日の指導助手は7年目の畠先生だった。僕は手術室に入ってからも、手術が始まる直前まで自分のノートを見直して手順やチェックポイントを確認する。背後に視線を感じて振り返ると神谷君が僕のノートを覗き込んでいた。

「神谷君、よろしくね」

僕は恥ずかしくなってノートを閉じ、ごまかすようにそう言った。

「はい、よろしくお願いします」

手術は3人の医師で行うのだが、その3人目に早速神谷君の名前が入っていた。彼は色白でスラッと背が高く細いフレームのメガネをかけている。

いかにもエリートといった風貌だ。手術着を着るとより細さや白さが際立って、正直あまり外科医らしくはない。

※本記事は、2020年7月刊行の書籍『孤独な子ドクター』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。