患者たちは朝、もそもそと起きてきて食堂で朝食をとり、薬を飲むと2階にある畳の大部屋に行ってなにをするでもなく過ごします。昼になると食堂へ降りてきて、昼食を終えると大部屋に戻って昼寝をします。

夕方になるとまた食堂へ降りてきて、夕食を終わると病室に戻って布団に入ります。ようするに、一日じゅう寝ているわけです。

でも、昼間あれだけ寝ているのですから夜に眠れるはずもなく、奇声を発したり徘徊したりする患者が出てきます。そうすると医師や看護師が押さえつけて薬を飲ませ、それでも手に負えなければ布団でスマキにしたり、電気ショックです。

頭に電気を流すと、患者はビリビリとけいれんし興奮状態がおさまります。いまでは禁止されていますが、当時はどこの病院でもそういうことがふつうにおこなわれていたのです。

着任そうそう、私はその病院で1病棟の医長をまかされました。まだ右も左もわからない新米医師に、いきなりの重責です。しかも、一緒に働く看護師や職員達は全員年上で、何年も働いているベテランぞろい。この上なくやりづらい環境です。

しかし、社会経験もなかった当時の私は、良くも悪くも空気が読めません。医長に任ぜられた気負いもあって、病棟運営の改善に着手しました。とにかく目の前の患者たちが昼間から生気を失った表情で、怠惰に過ごしているのをどうにかしたい。

そこで、昼に患者たちを寝かさないようにしむけました。病室や大部屋を巡回しては大声で、「寝ちゃだめだ。起きろ! 起きろ! 起きろーっ!」と患者たちを起こし、寝かさないのです。

ただ、なにもすることがないのに起きていろというのもこくなので、花札やトランプをやらせたり、絵を描かせたり、歌を歌わせたりしました。疲れなければ夜に眠れないので、野球やバレーボールやサッカーもやらせました。洗顔、歯みがき、あいさつ、そうじ、私物の整理といった日常の生活指導の延長で、農業や園芸、動物飼育、配膳など病院内の仕事を手つだってもらう「作業療法」も取り入れました。

とにかく、あの手この手で患者たちを昼寝させない、ゴロゴロさせないようにしたのです。結果、病院内の雰囲気はしだいに活発に、にぎやかになっていきました。