謎多き天才が残した一枚の絵画をめぐる、
超大作アート・ミステリー。
写真家の宗像は、偶然訪れたロンドンの画廊で、一枚の肖像画に心を奪われる。絵画の名は、夭折した謎多き天才画家ピエトロ・フェラーラの「緋色を背景にする女の肖像」。フェラーラの足跡を追い求めてたどり着いたポルトガルの地で、宗像は美術界を揺るがす秘密に迫っていた。美術界と建築界に燻るスキャンダル。その深部と絵の謎が交錯していく。アートに翻弄された人々の光と影を描き出す、壮大なミステリードラマを連載でお届けします。
8
「絵を売りに来た方はどんな人でしたの?」
「コインブラでギャラリーを経営している画廊仲間です。もっともお会いするのは初めてでして。《アート・ギャラリー・コインブラ18》という画廊です。はい、名刺交換をしておりますから……。ちょっとお待ちください。えーと……ああ、ここにありました。確かこれだ」
そう言いながら宗像にカラフルな名刺が差し出された。名刺には次のように書かれていた。
豊かな生活には、アートを!
アート・ギャラリー・コインブラ18
ディレクターメリダ・パスティーリョ
18エスカダス・デ・サウンチャゴ、コインブラ市
「なぜコインブラ18さんが、この絵をこちらへ持ち込んだのですか?」
と宗像が尋ねた。
「コインブラ18画廊さんは急にお金が必要になってとおっしゃいまして。ええ、これは別におかしい話ではございません。私たちのような不定期商いの零細企業では、資金繰りに困ることはしょっちゅうですからね。
ですから、このようなケースの場合、もちろん値踏みはちゃんとするのですが、仲間相場というものがありましてね、私どもがその絵をいったんお預かりする形を取るのですよ。
画廊といいますものは、絵を画家から買い取ったときのクレジットを必ず残しますからね、それを見れば買い付け価格が正確に分かるのです。通常は、その価格そのもので一時絵を引き取るのです。
しかし一定期間後に、あちらさんがその絵を再度引き取りたいという場合には、その価格に経費を上乗せしてお支払いただき、絵はお返しする決まりなのです。
もしも、お預かりしている間に絵が売れたら、その利益の一部を先方にお支払いするのです。ええ、残りは私たちの利益です。まあ、内々で運用している方法なんですよ」
【登場人物】
宗像 俊介:主人公、写真家、芸術全般に造詣が深い。一九五五年生まれ、46歳
磯原 錬三:世界的に著名な建築家一九二九年生、72歳
心地 顕:ロンドンで活躍する美術評論家、宗像とは大学の同級生、46歳
ピエトロ・フェラーラ:ミステリアスな“緋色を背景にする女の肖像”の絵を26点描き残し夭折したイタリアの天才画家。一九三四年生まれ
アンナ・フェラーラ:ピエトロ・フェラーラーの妻、絵のモデルになった絶世の美人。一九三七年生まれ、64歳
ユーラ・フェラーラ:ピエトロ・フェラーラの娘、7歳の時サルデーニャで亡くなる。一九六三年生まれ
ミッシェル・アンドレ:イギリス美術評論界の長老評論家。一九二七年生まれ、74歳
コジモ・エステ:《エステ画廊》社長、急死した《ロイド財団》会長の親友。一九三一年生まれ、70歳
エドワード・ヴォーン:コジモの親友で《ロイド財団》の会長。一九三〇年生まれ、71歳
エリザベス・ヴォーン:同右娘、グラフィックデザイナー。一九六五年生まれ、36歳
ヴィクトワール・ルッシュ:大財閥の会長、ルッシュ現代美術館の創設者。一九二六年生まれ、75歳
ピーター・オーター:ルッシュ現代美術館設計コンペ一等当選建築家。一九三四年生まれ、67歳
ソフィー・オーター:ピーター・オーターの妻、アイリーンの母。
アイリーン・レガット:ピーター・オーターの娘、ニューヨークの建築家ウィリアム・レガットの妻。38歳
ウィリアム・レガット:ニューヨークでAURを主催する建築家。一九五八年生まれ、43歳
メリー・モーニントン:ナショナルギャラリー美術資料専門委員。一九六六年生まれ、35歳
A・ハウエル:リスボンに住む女流画家
蒼井 哉:本郷の骨董店《蟄居堂》の店主
ミン夫人:ハンブルグに住む大富豪
イーゴール・ソレモフ:競売でフェラーラの絵を落札したバーゼルの謎の美術商