謎多き天才が残した一枚の絵画をめぐる、
超大作アート・ミステリー。
写真家の宗像は、偶然訪れたロンドンの画廊で、一枚の肖像画に心を奪われる。絵画の名は、夭折した謎多き天才画家ピエトロ・フェラーラの「緋色を背景にする女の肖像」。フェラーラの足跡を追い求めてたどり着いたポルトガルの地で、宗像は美術界を揺るがす秘密に迫っていた。美術界と建築界に燻るスキャンダル。その深部と絵の謎が交錯していく。アートに翻弄された人々の光と影を描き出す、壮大なミステリードラマを連載でお届けします。
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「そこへ、今度は私が……」
「ええ、突然宗像さんが現れて……。もう機中の人と思っておりましたからびっくりです。でも、あなたもフェラーラの絵を探していたなんて、まったく信じられないわ。凄く迷ったのですが、あれ以来ずうっと、誰かに相談に乗っていただきたかったし。信頼申し上げられる方と判断させていただきました。ですから、これまでの経緯を踏まえて失礼ながら、全てあなたに話そうと決めたのです」
「そういうことですか。それでよく分かりました。でも現実には到底ありえない不思議なご縁ですね。ところでエリザベスさん。問題のこの絵なのですが、一見フェラーラ作とも見えますが、少し奇妙なのですよ」
「奇妙? まあ何でしょう?」
「まず左下の隅をご覧ください。一九九九年と年号が入っています。これでは、フェラーラはまだ生きていることになってしまいます。それにサインがありませんね」
「そうですね、古い絵に誰かが新しく1999と書き入れるのも変ですし?」
「私、フェラーラの絵は既に一点、エストリルのカジノで実物を見ておりますし、画集では幾度となく見ています。この絵は、色調、テクニック、そしてこの女性のモデルと、そのどれをとってもフェラーラの絵そのものなのですが、しかし腑に落ちないところもあるんです。それは……例えば、絵の背景に薄っすらと表れる、抽象的で幾何学的な模様のような書き込みが見えないことです」
「抽象的な幾何学模様?」
エリザベスは首を傾げた。
【登場人物】
宗像 俊介:主人公、写真家、芸術全般に造詣が深い。一九五五年生まれ、46歳
磯原 錬三:世界的に著名な建築家一九二九年生、72歳
心地 顕:ロンドンで活躍する美術評論家、宗像とは大学の同級生、46歳
ピエトロ・フェラーラ:ミステリアスな“緋色を背景にする女の肖像”の絵を26点描き残し夭折したイタリアの天才画家。一九三四年生まれ
アンナ・フェラーラ:ピエトロ・フェラーラーの妻、絵のモデルになった絶世の美人。一九三七年生まれ、64歳
ユーラ・フェラーラ:ピエトロ・フェラーラの娘、7歳の時サルデーニャで亡くなる。一九六三年生まれ
ミッシェル・アンドレ:イギリス美術評論界の長老評論家。一九二七年生まれ、74歳
コジモ・エステ:《エステ画廊》社長、急死した《ロイド財団》会長の親友。一九三一年生まれ、70歳
エドワード・ヴォーン:コジモの親友で《ロイド財団》の会長。一九三〇年生まれ、71歳
エリザベス・ヴォーン:同右娘、グラフィックデザイナー。一九六五年生まれ、36歳
ヴィクトワール・ルッシュ:大財閥の会長、ルッシュ現代美術館の創設者。一九二六年生まれ、75歳
ピーター・オーター:ルッシュ現代美術館設計コンペ一等当選建築家。一九三四年生まれ、67歳
ソフィー・オーター:ピーター・オーターの妻、アイリーンの母。
アイリーン・レガット:ピーター・オーターの娘、ニューヨークの建築家ウィリアム・レガットの妻。38歳
ウィリアム・レガット:ニューヨークでAURを主催する建築家。一九五八年生まれ、43歳
メリー・モーニントン:ナショナルギャラリー美術資料専門委員。一九六六年生まれ、35歳
A・ハウエル:リスボンに住む女流画家
蒼井 哉:本郷の骨董店《蟄居堂》の店主
ミン夫人:ハンブルグに住む大富豪
イーゴール・ソレモフ:競売でフェラーラの絵を落札したバーゼルの謎の美術商