例えば、1990年代の不良債権処理にあたっての銀行への公的資金投入については何度も触れたが、アメリカではどうだろうか。アメリカでは金融機関への公的資金投入は慎重である。2008(平成20)年9月にリーマンブラザーズが破綻したとき、連邦政府もFRBも公的資金の投入を拒否している。

実は、同年3月にベアー・スターンズが破綻したときには、FRBは緊急融資を行いJPモルガンにベアー・スターンズを吸収させている。そして、リーマンブラザーズのときも、バンク・オブ・アメリカなどいくつかの金融機関が引き受けを表明していたのだが、最終的に連邦政府もFRBも支援を拒否したため、引き受け手はなくなりリーマンブラザーズは完全に破綻した。

その結果、世界経済が大混乱に陥ったことは、改めて言うまでもない。これは当時のブッシュ政権の大失策であったと私は考えている。

リーマンブラザーズが破綻すれば世界経済が混乱することはわかっていたはずだった。にもかかわらず手を打たなかったことは理解に苦しむ。

ベアー・スターンズのときは公的資金を投入したのにリーマンブラザーズのときにはなぜそうしなかったのか。それは時期の問題であったという説がある。

ベアー・スターンズのときは3月であったが、リーマンブラザーズのときは9月であり、4年に一度の大統領選挙は2ヵ月後に迫っていた。ベアー・スターンズのときも私企業に公的資金を投入することへの批判はあったので、大統領選挙への影響を考慮したのだと言われている。

そのほかにも理由はあったのだろうが、いずれにしても、日本の不良債権処理への対処と比較すれば、金融機関の「公共性」という概念には日米では差があるということなのだろう。

※本記事は、2020年10月刊行の書籍『補助金の倫理と論理』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。