島崎は見え透いた世辞を言うタイプではなさそうだ。少し突っ込んだ話を訊きたくなった。

「それは光栄なことです。ところで島崎さん。一つおうかがいしてもよろしいですか?」
「なんなりと」
「以前パーティーの席で受賞作と最終選考まで残る作品の差は、紙一重とおっしゃいました」
「一般論として言いましたね。覚えています」
「でもその差は、わたしのように書く側の人間にとっては、紙一重どころか計りしれないほどの大きな差に感じるのです」
「分かります。実際、受賞作とそれ以外では零か百かになる場合がありますね」
「応募する立場で図々しい質問ですが、その紙一重の差はいったいなんなのか、についてご教示いただきたいと思いまして」

「なるほど」、と言って島崎は珈琲カップに手をかけた。

「芹生さん。非常に興味深い議論になると思いますが、続きは今回お持ちになった新作を読み終えてからにしませんか。簡単に語れる話ではないと思うので。残念ながら今日は予定が詰まっており、余裕がありません」

島崎は珈琲を口に運んだ。

「あ、はい。すみません。気が回らなくて」
島崎の様子を見て、少し図々しかったかと反省した。

「いえ。わたし自身も興味のあるところです。時間の余裕があるときにゆっくりと語りましょう」
「はい」
「新作を読み終えたら連絡いたします。アドレスを教えていただけますか?」

アドレスと携帯番号をメモして島崎に渡した。

「島崎さん、本日はお忙しいところありがとうございました」
「こちらこそ。芹生さんの作品を読ませていただくのが楽しみです」

※本記事は、2020年9月刊行の書籍『流行作家』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。