玲子は、腕組みしてうなずいた。
「犯人の行方は後にして、先へ進もう。それから?」

「多田杜氏は、発見時死後数時間以上経過。死亡推定時刻は、前夜の八時から九時。死んでから、もろみタンクに投げ込まれたとすると、体温が下がった後。夜半過ぎから、朝にかけての間でしょう」

「外傷は?」
「後頭部に軽い打撲痕が見られます。誤ってタンクに落ちたとき、縁で打ったのかと思ってました。あとなぜか、背中に大きな霜焼けが」
「霜焼け?」
「軽い凍傷ですね。背部から腰部にかけての広い範囲です。平たく冷たい物に、長時間当たっていたと思われます」
「放りこまれたタンクの中は、五度くらいだったらしいが?」
「もっと低温ですし、生きているときの話です」
「?」

「そないなことより、死亡推定時刻の関係者のアリバイは、どないなっとるんや?」
とうとう勝木は、待ちきれなくなり、口を挟んだ。霜焼けの理由など、犯人に聞いた方が早い。

「前夜、烏丸酒造は社員総出で宴会だったらしい。全員あるんじゃないかな。詳しいことは、わからないが」

「当人たちに、聞いてみるのが早いな」
勝木は、立ち上がりながら、上着を手に取った。

「烏丸酒造へ行くなら、私も」
高橋警部補も立ち上がり、上着を取った。

意外なことに、玲子は黙って座ったまま。軽く手を、振っただけだった。

※本記事は、2020年10月刊行の書籍『山田錦の身代金』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。