こころの病をもつ人はヒーローだった

なぜ、日本は先進国でも飛びぬけて精神病院が多いのか、今後の精神医療のあるべきスタイルとはいったいどういったものなのか――皆さんとその答えを探っていくうえで、ここからはこころの病を抱えた人たちが社会のなかでどうあつかわれてきたのか、歴史的な経緯からみていきたいと思います。

日本の歴史を最古までさかのぼると「古事記」に行きつきます。日本の創生を描いた神々の物語ですが、このなかにこころの病と思われる神様が出てきます。それは、アマテラスオオミノカミ(天照大神)の弟・スサノオノミコト(須佐之男命)です。

スサノオは父・イザナギノミコト(伊邪那岐命)から海原を治めるよう命じられますが、いうことをきかずに泣きさけぶばかりだったので追放されてしまいます。姉のアマテラスはスサノオを自分の神殿に迎え入れますが、田畑をあらし道具をこわし、神殿のあちらこちらに脱糞して、粗暴なふるまいがやみません。

ついには織女の陰部にはた織りの道具を突きさして殺してしまいます。これを機にアマテラスは天岩戸(あまのいわと)のなかにこもり、世界は太陽を失ってしまう――というお話です。

スサノオのふるまいは、現代の精神科医の私から見ると完全に「人格障害」です。

もちろん「古事記」は神話ですから、実際にあった話とは違うかもしれません。しかし、物語にはそれが書かれた当時の文化や価値観が、反映されているはずです。

スサノオに役割(海原の統治)を与えたり、イザナギのいかりにふれて追い出されてしまったスサノオを、姉のアマテラスが受け入れて必死にかばうエピソードに、その時代の家族のありようが見て取れます。また、そもそも統合失調症を「悪しき存在」ととらえていたならば、神格化したりはしないでしょう。

スサノオのような状態の人を、大昔の人びとは「タブレビト(狂れ人)」とか「クルヒビト(狂ひ人)」と称していたようです。 「狂」という字が使われていますが、当時のニュアンスとしては「超人的なパワー」「超自然的な能力」をもった人という、畏怖の念をもってあつかわれていたようです。

たとえば先述のスサノオには、ヤマタノオロチを退治して、いけにえにされるはずだった娘(クシナダヒメ)を助けたという伝説もあり、心の病をもつ人が決して嫌われるだけの存在ではなかったことがうかがえます。

※本記事は、2017年10月刊行の書籍『ヒューマンファーストのこころの治療』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。