「よろこべ。これでもう、得体のしれぬ商家などに仕えなくてすむぞ。それがしが出向いて、おぬしを引き渡すよう、告知しておこう」
「……そんなにうまく、足があらえるだろうか」
「心配するな。それがしが陳(の)べれば、それは、詔勅(しょうちょく)だ。皇帝の命令だぞ。従わねば、厳罰が下る」

「表向きには、うやうやしく従うかもしれん。だが表と裏はちがう。わしは、勝手にやめたことをとがめられて、報復されるかもしれん。なにしろ内情を、知っているからな。わしが『宝林館(ほうりんかん)』をのぞき見たことは、バレていないかもしれないが、なにしろ、異様なほど、疑心のつよい人たちだからな。もしかしたら、気づいているかもしれぬ。そして、配下には、自分の手を汚さずして、人を痛めつけるわざに長けたのがいる」

「叙達(シュター)、おぬしは、宮城に入るのだぞ。そこは、皇帝陛下の御所だ。もし、彼らが勝手なことをくわだてたとしても、城壁の内側では、絶対に許されない」

「そうか……」
それなら、大丈夫か。

「それに、そなたも正戸になるのだから、逆襲すればいいではないか」
「どうやって」
「密告すればいい。彼らは、ゆるすべからざる商売をやって、巨利をむさぼっているのだろう? 知っていることをあらいざらい告発して、当局に取りつぶしてもらえばいいではないか。なんなら、それがしが、口添えしてやってもいいぞ」

ありがとう、友よ。もつべきものは友人だ。

「おぬしも、いろいろ苦労して来たな。だが、ようやくその苦労が、むくわれるときが来たのだ。司礼監は、二十四ある衙門(やくしょ)の筆頭、まさに朝政を左右するところだ。毎日、大量の書類に目をとおし、それに対する処置に頭をめぐらさねばならん。だが、皇上じきじきのお目どおりもかなうし、思わぬ抜擢もあるかもしれん。そうなれば、おぬしの実力も、じゅうぶん発揮できよう。よかった、よかった」

田閔(ティエンミン)はそう言って、満面に笑みを浮かべた。

心中、なくしかけていた希望の灯が、ともった。長年夢みて来た正戸に、ようやくなれる。それに、ひょっとしたら、曹洛瑩(ツァオルオイン)に、会えるかもしれない。

どんな形でもいい。もう一度、あの笑顔を見ることができるのなら。