もう一人が会話に加わってきた。

「要するにさ、男と女って単純なのよね。征服するかされるかなのよ。どっちを喜ぶオトコもいるんだけどさ、オンナにどちらの要素もないと面白くないからよってこないんだよ」

「えっ、征服される方が好きな男もいるわけ?」
と真面目そうな子が思わず言うと、
「ダメだなあ」
と初めの子が笑った。

「だから、初めに母性っていったじゃん。世の中にはマザコンだって、なんだってたくさんいるよ。そもそもみんなお母さんに抱かれて育つわけだからさ、女の方がどっしりしてるわけよ。香奈はもてたいと思ったら、女を磨かなきゃダメね」

それ以来、香奈は母性という言葉に引っ掛かりを覚えるようになった。香奈には、自分も将来母親になるかもしれないということが実感出来なかった。赤ちゃんにおっぱいを飲ませるところなど想像もできない。

香奈がよく見た夢。それは、どこか遠くに旅する夢である。彼女は、女西行と呼ばれた「とはずがたり」の作者を愛した。もっとも、「とはずがたり」の前半に出てくる愛欲の世界はよくわからなかったのだが、後半に出てくる、旅の袈裟をまとって澄み切った心境になっている主人公が好きだった。

※本記事は、2020年10月刊行の書籍『百年後の武蔵野』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。