僕は、夜遅く遺体と向かい合っている自分を想像した。しかも、皮を切ったり、神経を持ち上げている自分。仲間でもいればまだいいが、独り孤独に薄暗い蛍光灯のもと、夜遅くに人体解剖をすること。そんな状況にはなりたくない、と自分に言い聞かせた。

何か質問は有りませんか、教授が微笑みながら問いかけた。すぐには誰も質問しなかった。
教授はゆっくりと言葉を続けた。

「それと、実習を手伝ってもらう助手の先生方です。骨学の時に既にお世話になっているので、改めて紹介するまでもないでしょうが」

見覚えの有る、富田助手と絹川助手が会釈した。2人とも骨学のときに何回か質問させてもらった。

誰かが座ったまま聞いた――なぜ正統解剖と言うのですか、正統でない解剖というのがあるのですか。

教授は、その質問に、今までの笑顔の上にさらに笑顔を重ねた。

僕は、自分の代わりに質問してくれたものに感謝しつつ、教授の返答に意識を集中した。

「これからちょうど説明しようと思っていたところですが、今から皆さんが始める解剖は、病気や老衰で普通に亡くなった成人のライヘです。大抵は老人なので、老化の徴候が有りますが、中に比較的若い方のも有ります。いわば自然な死を迎えた遺体といえます。

それに対し、病気で亡くなった方の死因を調べるために、主に医学の進歩のためなのですが、遺族の人にお願いして、行う病理解剖というのが有ります。ちょっと、雰囲気は違いますが、犯罪によって死亡した人、犯罪のからむ疑いのある場合に対し、死因の究明のために行う法医解剖というのも有ります」

一同が頷いた。そのような区別が有る事を知る事は、いかにも医学部独特のような気がした。

※本記事は、2020年10月刊行の書籍『正統解剖』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。