日本の精神風土が織りなすもの

こころの病の症状にはそのときどきの社会が影響するというお話をしましたが、つきつめていくと「わたしたちの“こころ”とはなんなのだろう」という問題に行きつきます。“こころ”とはわたしたち一人一人の“自我”であり、自我をもったわたしたち一人一人のあつまりが社会です。

自我は、わたしたちが生まれ育っていく過程で形づくられていきます。わたしたちは一人ひとりが個性をもっていますが、集団として見るとそこに属する人々に共通した「社会の型」があります。

たとえば、日本人は世界で「勤勉で礼儀正しい民族」という評価を受けています。じっさいには無礼ですぐに怠ける人もたくさんいますが、集団としての日本人の個性としてそのような「型」があると認識されています。そうして改めてみてみると(あるいは外国と比べてみると)、わたしたちの社会はたしかに勤勉さや礼儀正しさを重んじる価値観のうえに成り立っています。

では「社会の型」とは、どのような要因によって形づくられるのでしょうか。私は地理的要因と、それに起因する人間的特性および思想・宗教などが影響していると考えます。

日本の場合は、周囲を海に囲まれた島国であり、季節が徐々に移ろっていく四季があり、稲作を中心とした農耕によって成立した社会です。そこでは共同体に属する人々が協力して作業にいそしみ、序列を重んじて人間関係のいさかいをなるべく避けようとするシステムが出来上がりました。

これが西アジアや中東の国々となると、気候は乾燥していて真っ青な空と砂漠だけの世界が広がっています。通商や交易によって成立した社会では、あいまいさを許さず敵か味方かを明確に区別するシステムが出来上がりました。

ヨーロッパはどうかというと、気候は湿潤と乾燥で、狩猟と農耕と牧畜によって成立した社会です。そこでは理性的・合理的なシステムが出来上がりました。

※本記事は、2017年10月刊行の書籍『ヒューマンファーストのこころの治療』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。