フォード社「ピント」の事件…技術者の倫理が問われる

「倫理」とは簡単に言えば、何が良いことで何が悪いことかを判断し、良いことを実践することです。つまり、技術者に求められる倫理とは、技術者が技術にかんする物事の良し悪しを判断し、良いことを実践するということになります。

アメリカでは、1912年にアメリカ電気学会とアメリカ機械学会で倫理規定が制定されました。この時点での倫理の中心は、雇用者に対する技術者の忠誠でした。第二次世界大戦後になって、技術者専門能力開発協議会や全米プロフェッショナルエンジニア協会などで、「公共の安全、健康、福利」を雇用者への忠誠よりも優先することを明記しました。

1970年代には、フォード社ピントの事故(ピントの設計に当たり、ガソリンタンクを後輪車軸の背後に配置したことから、追突事故でタンクが破損して発火し車が炎上した。後に、フォード社内で設計変更をして改造する費用より、事故が起こった際に払う賠償額のほうが、費用が少ないと予測していたことが問題となる)など、技術の倫理に関わる問題が多発し、工学教育における倫理教育が盛んになりました。

そして1985年に、先の技術者専門能力開発協議会から発展した工学技術教育認定委員会(ABET)が、国際的に通用する工学教育修了の認定を行うようになり、そのなかで技術者倫理(Engineering ethics)の教育を義務付けました。

日本においては、1990年代になって、国際的な工学教育認定の日本版:日本技術者教育認定機構(JABEE)が発足し、JABEE認定のなかに技術倫理の教育を義務づけました。これを機に、日本の大学の工学教育のなかで技術と倫理の教育が活発になりました。

また、日本の各種の学会(日本機械学会や電子通信学会、土木学会など)のなかで、倫理規定が作成されました。技術と倫理規定の模範となったのが、全米プロフェッショナルエンジニア協会(NSPE)の技術倫理規定(Code of Ethics for Engineers)です。この規定は常に見直しが続けられて、改訂を続けながら今日に至っています。

日本機械学会の技術倫理規定では、最初に「技術者としての社会的責任」を挙げ、「会員は、技術者としての専門職が、技術的能力と良識に対する社会の信頼と負託の上に成り立つことを認識し、社会が真に必要とする技術の実用化と研究に努めるとともに、製品、技術、および知的生産物に関して、その品質、信頼性、安全性、および環境保全に対する責任を有する。また、職務遂行においては常に公衆の安全、健康、福祉を最優先させる」と宣言しています。主語が「会員は」になっていますが、「技術者は」に置き換えれば、技術者と倫理についての一般的な規定になっています。

発射中止を促すも、断行…そして起きた痛ましい事故

1.スペースシャトル・チャレンジャー号の爆発事故

ここで、技術者倫理の典型例としてよく取り上げられる事例を紹介します。

スペースシャトル・チャレンジャー号の爆発事故の原因となったOリングのシール不良をめぐって、Oリングを製造したチオコール社内で、技術者が発射の前日に危険を主張して発射中止を訴えていたことは、技術者倫理の模範的な事例としてたびたび取り上げられています。※

1986年1月28日の早朝、スペースシャトル・チャレンジャー号が打ち上げられましたが、発射から1分13秒後、観衆が見上げる上空で突然、大爆発を起こしました。チャレンジャー号には一般人として高校教師のクリスタ・マコフさんも搭乗し、宇宙から高校生たちと交信する予定でしたが、乗組員7名全員が死亡しました。

NASAはこの事故の原因究明のために、海上に墜落した破片をすべて回収し、発射の様子を撮影していたビデオ画像をすべて分析しました。可能性のある事故原因をすべて検討した結果、[図1]に示すように、固体ロケットブースターの連結部に使われていたOリング部分から燃料が漏れて外部燃料タンク(水素タンクと酸素タンク)に引火して爆発が起こったと、最終的に結論づけました。

[図1]スペースシャトル・チャレンジャー号の爆発

その決定的な証拠になったのが、発射を撮影していたビデオカメラの一台がとらえた、固体ロケットブースターから発生した炎でした。

固体ロケットブースターは、主エンジンとは別に固体ロケットの噴射の力によって推進力をパワーアップして、宇宙に飛び出す速度を得るものです。固体ロケットは、酸化剤(過塩素酸アンモニウム)をアルミニウム粉末やプラスチック樹脂に混ぜて、中心に穴の開いた円筒ブロックに固めた燃料を円管状の胴体につめ、四つのセグメント(先頭部、二つの中央部、噴射口のある後部)をつなげたものです。

固体ロケットは燃料の中心穴内面から燃焼が始まり、燃料がなくなるまで燃え続けます。固体ロケット燃料を挿入した胴体(固体ロケットブースター)パイプの継ぎ目から燃焼ガスが漏れないようシールするために使われたのがOリング(ゴムでできた輪)です。Oリングは油圧機器や真空機器など、一般の機械にもよく使われている部品です。このOリングを製造していたのがチオコール社でした。