「よし、じゃあ両手に鉗子を持って。始めていこう」
「はい」
「鉗子を2つください」

鉗子にもいろいろな種類があるが、僕はまだ使い分けができない。仕方なく曖昧に器械出しの看護師さんにお願いすると、適切な鉗子を渡してくれた。

「おれがこの辺を持って上に上げるよ」

岡島先生はそう言って鉗子で胆嚢を掴んで頭側に吊り上げた。

「さあ、次はどうする?」
「ルビエール溝がこれだから、これよりも胆嚢寄りのところで漿膜(しょうまく)を切り始めて……」
「違う違う。まずは場を作らないと」
「はい」
「ちょっと、貸して」

そう言うと、僕の左手鉗子を使って横行結腸(おうこうけっちょう)や十二指腸を尾側(びそく)(足側)に押し下げる。するとさっきまで狭く不良だった視界がひらけた。これを医学用語では「場を作る」という。

「はい。じゃあ漿膜を切っていこうか」

僕は鉗子を受け取ると、漿膜切開を開始した。

「もうちょっと左手を手前に引っ張って」
「左手を持ち直して。そうそう」
「そこはまだ裏に何があるか分からないから後にしよう」

岡島先生に誘導してもらいながら必死に手を動かす。もはや自分が何をしていて、次に何をするべきなのか分からなくなっていた。この日のために勉強してきたが、全く役に立たなかった。

※本記事は、2020年7月刊行の書籍『孤独な子ドクター』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。