あるいは、安全装置が必要不可欠なものであるならば、最初から設置されていてしかるべきだ、あるいは、自動車メーカーが急発進しない車をつくるべきだという考え方もあるだろう。車社会であるアメリカなら、急発進する車をつくったメーカーに責任があると訴訟を起こされるかもしれない。

私としては、当面の措置として安全装置の取り付けに補助金を出すことはやむをえないと考えているが、見方によっては安全装置のメーカーに対する補助金ともいえるかもしれない。一私企業の商品の販売促進のための補助金といえるかもしれない。

しかし、最近の高齢者による交通事故は他人に大きな危害を及ぼしているのだ。歩行者は安心して街を歩けないし、ドライバーも安心できない。安全装置を取り付ければすべてが解決されるわけではないが、ふだんの生活の安全という、公共の利益に貢献できる補助金Bといっていいだろう。

市場原理が徹底しているイギリスにも補助金Bはある。イギリス政府は日産自動車に多額の補助金を出している。

最近、日産がサンダーランド工場でディーゼル車の製造を中止すると発表したのにともない、イギリス政府が日産に補助金申請をやり直しさせるべきかどうかが話題になっている。

日産は純然たる一私企業であるが、あのイギリスですら補助金を出さざるをえないのは、日産のサンダーランド工場はイギリス国内最大の自動車工場であって、7000人の従業員を雇用し、サプライヤー企業の従業員2万7000人をも雇用していることになるからだ。イギリスの雇用創出という公共の利益に大きく貢献していると判断されているのだ。

※本記事は、2020年10月刊行の書籍『補助金の倫理と論理』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。