「そうです。そういうことになりますなあ。そしてそれを裏づける文献もあります。それは『伽藍縁起並流記資財帳(がらんえんぎならびにるきしざいちょう)』というえらい長い名前の文書です。

法隆寺に収められているものを記録した財産目録ですな。いまなら、さしずめ棚卸しの記録簿というところですか。その記録に、この釈迦三尊像も当然載っとるわけですが、ところがこの仏像が初めて記載されたのは、天平(てんぴょう)年間になってからですねん」

「天平年間って、奈良時代の、ですか?」まゆみが聞いた。
彼女は暗記が得意で、歴史の年表を覚えるのは大好きだ。

「そうです。そのときになって初めて、釈迦三尊像が『流記資財帳』に記録されているんですわ」

「すると奈良時代になってから、釈迦三尊像は法隆寺に施入された、ということになるのかしら」沙也香は、考えながらつぶやいた。

「するとそれまでのあいだ、この仏像はどこにあったんですか?」

「そのことですよ。誰でもそれを考えますやろ。そやけどそれがまったくわからんのですわ。天平年間というのは、七二九年から七四八年の間ですからな。つまりこの仏像が造られてから百年以上もの間、どこにあったのかわからんちゅうことです。これは法隆寺の謎の中でも一番大きな謎やないかと、わたしは思いますなあ」

「そうですね……」沙也香は小さくため息をついた。

※本記事は、2018年9月刊行の書籍『日出る国の天子』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。