「写真にユーレと書かれていた?」

「エリザベスさん。あなたはアンナさんと本当に良く似ていらっしゃる。私はショー・ウィンドウの外からこの絵を見た瞬間、エリザベスさんだと思い込んでしまったくらいなのです。初めてあなたに会ったときから、どこかで会ったはずという、曖昧な記憶とのすり合わせに時間がかかってしまいましたが……こういうこととは!」

宗像の話に驚きを隠せない様子で聞き入っていたエリザベスは、しばらく迷いに迷っていたようだったが、やがて意を決したごとく、驚愕の事実を語り始めた。

「そういうことでしたか。でもあなたを騙すつもりはございませんでした。私は、ロイド財団会長、エドワード・ヴォーンの娘です」

「あのロイド財団? ロイドの御当主はロイドという名前ではないのですか?」

「ええ、現在は違います。私も母から聞いた話ですが、母がロイド家の一人娘でした。ええ、当時、たった一人残ったロイドの末裔なのです。その母が父エドワード・ヴォーンと結婚してキャサリン・ヴォーンとなったのです。

結婚後、程なくして男爵だった祖父のフィリップ・ロイドが亡くなって、母が全てを継いだのです。でも母は有能な父に組織の運営を全て任せたようなのです。それがロイド家と父の名前が違っている理由ですわ」

「今回のことは私にとっても奇妙な巡り合わせで、本当に信じられない気持ちなのです」

フェラーラの油絵が飾られたエストリル・カジノにあった[男爵のサロン]、の男爵とはエリザベスの祖父だったのだ。そのとき、ギャラリーの当主が紅茶を持って現れたが、二人が何か込み入った話をしていると理解して、こう言って再び奥に引き下がった。

※本記事は、2020年8月刊行の書籍『緋色を背景にする女の肖像』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。