「沙希、すまない」
「お茶くらいで何を言っているの」
「いや。お茶じゃなくて」

不文律を破ろうとした。

「何のこと? それは口にしない約束でしょ」
沙希はすねたような笑みを作りながら、少し憮然とした表情で言った。

「それはそうだが、でも」

「何を言っているの。研ちゃんは天才なんだから。凄過ぎて世の中がついて来れないだけ。いつか、あっと思わすような作品が書けるわよ。余計な心配はしないで創作に専念してください」

「沙希、ありがとう」
「ママ。パパは天才なの? すごーい」
雫が目を輝かせて叫んだ。

「そうよ。パパは天才なのよ」
「じゃあなんでパズルができないの」
沙希と俺は思わず吹き出した。

ああ、なんとかけがえのない存在だ。このかけがえのない家族を自分の手で守らなければ。
不意に、激情に近い感情が心の底から突き上げてきた。

なんとかしなければ。葭葉出版の島崎の顔が浮かんだ。

※本記事は、2020年9月刊行の書籍『流行作家』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。