第二章 一日一合純米酒

(十一)

酒蔵の入り口高くに、茶色く大きな玉が、ぶら下がっていた。

直径一メートルほど、茶色いイガ栗のようだ。枯れた針葉だけで、できているらしい。表面は、三百六十度すべてチクチクし、白漆喰の壁面に吊り下げられている。いかにも、誇らし気だ。

何かの呪(まじな)いにでも、使うのだろうか? 玲子は、初めて目にして、考えていた。

「杉玉、またの名を酒林(さかばやし)と言います」
背後から、穏やかな声をかけられた。

振り向くと、樽のような体型の老紳士が立っている。口髭を蓄え、背が低い。元サッカー日本代表という、背の高い男と一緒だ。

「秋から冬にかけて、新酒が醸し上がると、杉の葉でこしらえて、軒下に下げるのです」
「なるほど、一年かかって、ここまで茶色くなったのか」

老紳士が、厳かにうなずいた。

「奈良の三輪山、大神神社は日本で最も古い神社の一つ。酒造りの神を祀ってますが、山全体が御神体なのです。そこで、その三輪山の杉で作った玉をこうして飾っています」

「この玉は、神体の一部?!」
「つまり、神様自身が酒蔵にいらっしゃるということなのです」

そう言われてみると、玉に下がった札に『三輪明神・しるしの杉玉』とあった。

[図1]杉玉
一番酒が搾られると、軒下に下げられる。杉の葉の色が、緑から茶へと移り変わる。酒の季節の始まりのしるし。