「油は?」

男が、一斗缶を持ち上げた。太白ごま油である。原価が、半端ではない。

「このたこ焼き、儲かってるんですか?」
「ぜんぜん。でも、うまいじゃろ」

葉子は、深くうなずいた。

「よかったら、また食べに来てや」
大男は、言ってから、すぐに何かを思い出し。
「と、言っても。ここは今日までやった。おおきに」

葉子が、屋台を離れると同時に、子供らが戻ってきた。あれで、人気があるらしい。

「タコのたこ焼きぃ。うっまくねぇ~」
「こらぁっ」

歩き去りながらも、しばらく、背中にやりとりが聞こえた。

ラジオのニュースも、途切れ途切れに聞こえる。烏丸酒造の田んぼの身代金は、ニュースになっていないらしい。脱法ライス中毒で、倒れた大学生が死んだと、事件を報じている。

そのとき、五平餅屋の客が誰か、思い出した。烏丸酒造に文句を言いに来た農家だ。確か、名前は松原。

見ると、まだ五平餅を食べている。

葉子は、ふっと視線を感じて、振り向いた。離れた木の陰から、さっきの女性がこっちを見ていた。花柄のワンピースを着た、三十代半ばくらいの美人。手入れの行き届いた長い髪、にこにこと笑っている。葉子と目が合うと、軽く会釈した。葉子も、会釈を返す。たこ焼き屋と話をしているときから、見られていたらしい。

確か、東京の有名な酒販店の店主だったと、葉子は少し歩いてから思い出した。

※本記事は、2020年10月刊行の書籍『山田錦の身代金』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。