人質は「三億円の田んぼ」……。
世界一の日本酒をめぐり、渦巻く黒い思惑。
『田に毒をまいた。残りの山田錦が惜しかったら、五百万円用意しろ』。
烏丸酒造に届いた一通の脅迫状。見れば一本百万円を超える純米大吟醸酒の元となる田の一角が枯らされていた。捜査の過程で浮上する、杜氏の死にまつわる事件の疑惑。そして、脅迫犯が突きつける、前代未聞の要求とは――。
酔(よ)みすぎご注意。 ふくよかに味わい深い、発酵醸造ミステリーを連載にてお届けします。
第二章 一日一合純米酒
(十)
大男は、鉄板の丸い凹みに生地を流し込み、たこも載せた。竹串で、クルクル回し始める。注文を受けてから、焼くのが流儀らしい。
回転がどんどん速くなり、目にも止まらないスピードになる。見ていて惚れ惚れする手捌きの良さだ。
細く長い目には、何事も見逃さない鋭さがあった。焼き上がりを判断し、絶妙のタイミングで、ポンポンポンっと箱に詰めていく。
焼き上がったたこ焼きは、外側がカリッとかたく、中心部はとろり。小麦粉の風味が、香ばしい。渡されて一口食べると、思わず口をついて、歓声が出た。
「おいしい!」
「ありがとうございます」
たこ焼き屋は、にやりと微笑んだ。
二個三個と食べすすみ、あっという間に、一皿空になる。ふと、疑問が浮かんだ。
「さっきの子供たちは、なんで口に合わなかったのかしら」
細く鋭い目から、強い光が出た。
「大人の味なんで、子供にはわからないんじゃろ」
そういえば、かかってるソースも甘くない。野菜の味が強かった。
「このソース。自家製ですか?」
大男が、我が意を得たりと微笑んだ。
「よくわかったの。十種類の野菜と果物を煮込んでての。子供に受けないのは、化学調味料が、入ってないからじゃろう。粉も国産小麦じゃしの」
【主な登場人物】
山田葉子:日本酒と食のジャーナリスト
矢沢タミ子:居酒屋経営者
矢沢トオル:タミ子の息子
葛城玲子:播磨署警察官 警視
高橋 仁:同 警部補
勝木道男:同 捜査一課課長
烏丸(からすま)秀造:『 天狼星(てんろうせい)』醸造元 烏丸酒造 蔵元
烏丸六五郎(むつごろう):同 先代蔵元
多田康一:同 前杜氏(とうじ) 故人
大野 真:同 副杜氏
佐藤まりえ:同 賄い担当
速水克彦:同 新杜氏
富井田哲夫:県庁農林水産振興課課長
松原拓郎:農家
松原文子:拓郎の妹 農家
桜井博志(さくらいひろし):『獺祭(だっさい)』醸造元 旭(あさひ)酒造会長
甲斐今日子:酒屋
黒木 将:酒屋
ワカタ ヒデヨシ:元プロサッカー選手、日本酒プロモーター
スティーブン・ヘイワード:有機認証機関検査官