社会が生み出すこころの病

こころの病というのは、いつの時代にもあるものです。が、その症状は時代時代によって違ってきます。こころの病とは、その時代の社会が生み出すものです。

たとえば、江戸時代の日本には「キツネつき」といわれる精神錯乱がありました。さっきまでふつうに話していた人が、突然にうずくまったかと思うと、ブルブルとふるえだし、その体にまるでキツネの魂を宿したかのように振る舞うのです(タヌキやイヌやヘビがつくこともありました)。

これはキツネが当時の人びとにとってとても身近な動物で、かつ「お稲荷さん」のように畏怖や信仰の対象であったことが背景にあります。キツネを動物園でしか見かけないような世の中になり、人びとが「たたり」のような迷信を信じなくなると、「キツネつき」になる人はとたんにいなくなってしまいました。

明治時代から昭和初期にかけてのこころの病といえば、「早発性痴呆」がほとんどでした。早発性痴呆はのちに「精神分裂症」という呼び名になり、さらに現在では「統合失調症」という名称になっています。

原因は現在でもはっきりとはわかっていないのですが、急にわめき声をあげて暴れるといった手に負えない状態になるので、昔は縛り上げて自由を奪うか、牢屋に閉じ込めて監禁するかしかありませんでした。あるいは電気ショックといって脳に電流を流す治療がおこなわれたこともあります。

いまは抗精神薬の服用やリハビリなどによって感情の起伏をある程度コントロールすることができるようになっていますが、先ほどものべたように症状自体の軽症化もみられるようになっています。

昭和の高度成長期には「アルコール中毒」(現在は「アルコール依存症」という名称になっています)が急増しました。戦後のなにもなかった時代から、人びとが急速に豊かになりはじめた時代です。当時の「豊か」というのはモノを手に入れることで、人びとは三種の神器(テレビ、冷蔵庫、洗濯機)や3C(カラーテレビ、クーラー、マイカー)を買うために、モーレツに働きました。

一方で、庶民の息抜きはお酒を飲むくらいしかありませんでした。ほとんどの人たちはそれを明日への活力にできましたが、なかにはお酒に過度に依存し、心身がボロボロになってもなお飲酒をやめられない人たちも出てきたのです。

人びとが物質的な豊かさを追い求めた時代の絶頂が、バブル期でした。マイホームや高級車やブランド品が飛ぶように売れ景気は最高潮だったのですが、その影でストレス発散のための買い物がやめられず、病的に借金を膨らませてしまう人たちが出てきました。いわゆる「買い物依存症」は単なる“浪費癖”と見られがちですが、歯止めが利かず社会生活が送れなくなるまで繰り返してしまうのは立派にこころの病です。

※本記事は、2017年10月刊行の書籍『ヒューマンファーストのこころの治療』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。