謎多き天才が残した一枚の絵画をめぐる、
超大作アート・ミステリー。
写真家の宗像は、偶然訪れたロンドンの画廊で、一枚の肖像画に心を奪われる。絵画の名は、夭折した謎多き天才画家ピエトロ・フェラーラの「緋色を背景にする女の肖像」。フェラーラの足跡を追い求めてたどり着いたポルトガルの地で、宗像は美術界を揺るがす秘密に迫っていた。美術界と建築界に燻るスキャンダル。その深部と絵の謎が交錯していく。アートに翻弄された人々の光と影を描き出す、壮大なミステリードラマを連載でお届けします。
8
何故今頃、ここにエリザベスがいるのか? 今日は結婚披露パーティーに出席する予定ではないか。何かと準備もあるだろう。いま時こんな場所をうろつく暇などないはずだ。そう思ったとたん、エリザベスは突然左に曲がった。
またもや宗像の目指す方向と同じである。通りは緩い傾斜の細い道で、はるか先まで一直線に続いている。ここが例の画廊通りなのだろうか? 急いで地図を照合すると、果たしてそれは、コンシェルジェに赤丸印をつけてもらった、まさにその道だった。
驚く暇もなく宗像も後を追うように続いて左に曲がった。エリザベスは、左、右、左と、交互に顔を向け、道の両側で何か探しものでもするように歩いている。左の画廊のショー・ウィンドウを覗き込んだと思えば、今度は右のショー・ウィンドウという具合にである。
なぜこのような朝早くに画廊廻りなどする必要があるのか? 宗像は目立たぬようにエリザベスの後をつけることにした。
早朝のこと、通りを歩く人は疎らである。彼女は後ろを振り返らずに夢中で歩いている。気づかれる心配はなさそうだった。
十軒目くらいだろうか、エリザベスはとあるギャラリーの前で立ち止まり、ショー・ウィンドウの中を食い入るように覗き込んでいる様子だ。宗像は少し手前の画廊の傍に佇み、内部を見るふりをしながらその数軒先の画廊を凝視した。
【登場人物】
宗像 俊介:主人公、写真家、芸術全般に造詣が深い。一九五五年生まれ、46歳
磯原 錬三:世界的に著名な建築家一九二九年生、72歳
心地 顕:ロンドンで活躍する美術評論家、宗像とは大学の同級生、46歳
ピエトロ・フェラーラ:ミステリアスな“緋色を背景にする女の肖像”の絵を26点描き残し夭折したイタリアの天才画家。一九三四年生まれ
アンナ・フェラーラ:ピエトロ・フェラーラーの妻、絵のモデルになった絶世の美人。一九三七年生まれ、64歳
ユーラ・フェラーラ:ピエトロ・フェラーラの娘、7歳の時サルデーニャで亡くなる。一九六三年生まれ
ミッシェル・アンドレ:イギリス美術評論界の長老評論家。一九二七年生まれ、74歳
コジモ・エステ:《エステ画廊》社長、急死した《ロイド財団》会長の親友。一九三一年生まれ、70歳
エドワード・ヴォーン:コジモの親友で《ロイド財団》の会長。一九三〇年生まれ、71歳
エリザベス・ヴォーン:同右娘、グラフィックデザイナー。一九六五年生まれ、36歳
ヴィクトワール・ルッシュ:大財閥の会長、ルッシュ現代美術館の創設者。一九二六年生まれ、75歳
ピーター・オーター:ルッシュ現代美術館設計コンペ一等当選建築家。一九三四年生まれ、67歳
ソフィー・オーター:ピーター・オーターの妻、アイリーンの母。
アイリーン・レガット:ピーター・オーターの娘、ニューヨークの建築家ウィリアム・レガットの妻。38歳
ウィリアム・レガット:ニューヨークでAURを主催する建築家。一九五八年生まれ、43歳
メリー・モーニントン:ナショナルギャラリー美術資料専門委員。一九六六年生まれ、35歳
A・ハウエル:リスボンに住む女流画家
蒼井 哉:本郷の骨董店《蟄居堂》の店主
ミン夫人:ハンブルグに住む大富豪
イーゴール・ソレモフ:競売でフェラーラの絵を落札したバーゼルの謎の美術商