その翌年には、少し距離を伸ばしてハワイへ行きました。ホノルルにある「アラモナ」という巨大なショッピングセンターでは、またしても1人の姿が見えなくなってスタッフがまっ青になって探し回りました。私も汗だくになって駈けずり回り、最悪警察の出動要請も考えていたら、本人がニコニコしながら、「やあ! みんなここにいたの」と、なにごともなかったかのように現れたのでした。

彼がいなくなっていたのは30分ほどで、後から思えば大した時間ではないのですが、それだけこちらが緊張していたということでしょう。これが、これまでの海外旅行ツアーで“最大のピンチ”だったのですが、旅行会社に聞くとこうした苦労は添乗員さんには日常茶飯事で、参加者がこころの病をもつ人だからではないそうです。

そうして3年目に、満を持して念願のパリへ行くことになりました。これまでの経験と反省を踏まえ、事前に最低限のことばやマナーも勉強しました。初めて海外に行くスタッフが不安をもらしていると、過去2回のツアーに参加した患者さんが、「心配しなくても大丈夫だよ、僕らだって行けたんだから」と励ましていたりして、どちらが引率かわからないやりとりをしています。これまでの経験が彼らの意識を変え、自信を与えていることに、私は嬉しくなりました。

最初に「先生、僕らをパリへ連れてってよ」と言っていた患者さんは、成田空港に金髪姿で現れて、皆を仰天させました。あちらへ行ったらまわりは皆金髪なのだから、自分もそうしておいたほうがいいと思ったそうです。

彼は現地でかわいい女性を見つけると、自分からどんどん話しかけていって、一緒に記念撮影をしてもらっていました。その度胸と積極性に、私は「やるもんだなぁ」と感心しきりでした。

ツアー中は医師・スタッフと患者さんを同室にしていたのですが、あるスタッフが夜中に熱を出してダウンしてしまいました。そのとき同室の患者さんがフロントに身ぶり手ぶりで説明して氷をもらったり、一晩中寝ずに看病したりしてくれたのです。私も長年患者さんと付き合ってきましたが、ここまでの人間的成長を見せてもらったのは初めてで、胸が熱くなりました。

それから榎本クリニックの海外旅行は毎年の恒例行事になり、アメリカ(サンフランシスコからロサンゼルス)、中国、韓国、台湾、タイ、シンガポール、ベトナムへも行きました。帰国後、嬉しそうな表情で楽しかった思い出を語りあい、日常生活にも自信をもって行動するようになるなど、明らかに良い効果があります。

「こころの病があるから無理だ、できない」と決めつけてはいけないということを、私は患者さんから幾度も教えてもらいました。

※本記事は、2017年10月刊行の書籍『ヒューマンファーストのこころの治療』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。