狭い境内は、人影もまばら。はずれに女性が一人、ぽつんと立ってるくらいだ。

出ている夜店は、イカ焼きに綿飴、五平餅屋など。ラジオは、五平餅屋から流れて来ている。餅を齧(かじ)りながら、テキ屋と話している太った若い男には、なぜか見覚えがあった。

少し離れた一つの屋台が、葉子の目を惹いた。たこ焼き屋、焼いている大男が気になる。大きな鉄板が、まな板くらいに、小さく見えるのだ。

屋台を囲んでいた子供たちが、駆け出して来る。あっという間に、葉子の横を駆け抜けて行った。

「タコ人間の焼くたこ焼きは、うっまくねえなぁ」
子供の一人が、歌うように大声を出すと、仲間がうなずいた。
「うっまくねえ、うっまくねえ」
上手にハモって、連呼しつつ、走って逃げて行った。

「誰が、タコ人間じゃっ。こらッ!」
大男が、低い声で毒づいている。

つるつると剃り上げた頭に、手ぬぐいの捻じり鉢巻き。腕は丸々と太く、胸板も分厚い。タコにも似てるが、むしろ岩山と言った方が相応しい感じだ。

騒ぎ立てる子供たちが、角を曲がって見えなくなった。
葉子が振り返ると、大男が葉子を見て、薄く笑っていた。細く長い、吊り上がった目。
一瞬、背中に冷や汗が流れる。

「ねえちゃん、一皿どうや? 安くしとくけ」

たこ焼き一皿なら、悪くないかもしれない。思えば、昼から何も食べていなかった。
無理やり笑顔を作り、黙ってうなずく。

「どうも、おおきに」

低く、ドスの利いた声だ。

※本記事は、2020年10月刊行の書籍『山田錦の身代金』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。