「けっこう、いろんな恨みを買ってるみたいじゃありませんか?」
「人って、生きてるだけで、鍔迫(つばぜ)り合いに巻き込まれちゃうんだよね」

秀造は、ふっとため息をつき、肩をすくめた。ちょうどそのとき、捜査本部の応接室に、社員が入って来た。秀造を呼んでいる。新規取引きの酒屋が、挨拶に来たという。

「新規取引きは、断ってるんじゃないんですか?」
部屋を出ようとする秀造に、高橋警部補が声をかけた。聞いたばかりの話を、引き合いに出している。
「一年契約の杜氏の酒だけ、扱ってもらうことにしまして」

玲子は、なぜか興味が湧いた。秀造について、事務所へ出る。そこには、品のいい女性と、太った中年男が、秀造を待っていた。

女性は、玲子と同じ年くらか。中背で日傘を下げ、ふんわりした明るい花柄のワンピースが、よく似合っている。ちょっとタレ目加減なのが、癒やし系な感じで、にこにこ笑っていた。

太った中年男は、金髪で大柄。派手なストライプ柄のシャツとズボン。それが、体型にも増して大きくて、だぶだぶだった。にたにた笑うと、前歯が一本欠けている。

「烏丸さん、ご無沙汰してます」
頭を下げた女性を見て、秀造が驚いている。
「木蓮酒造の今日子さんじゃ、ありませんか? お久しぶりです」

「今は、甲州屋の甲斐今日子です。酒蔵ではなく、酒屋をしております。二十年前、実家が廃業して、父が亡くなった際には、お世話になりました」

今日子という女性が、秀造に名刺を渡した。見た途端、秀造が目を見開いた。
「社長?! 甲州屋さんって? まさか、旦那さんも?」

「はい、亡くなりました。今は、私が跡を継いでます」続いて、太った金髪の男も、名刺を差し出した。
「前にも、お渡ししてますが、たぶん捨てられたと思うので、もういっぺん。神奈川の恵比寿商店です」
へへっと、笑った。

「このたびは、速水杜氏のお酒を扱わせていただけることになり、ありがとうございます」
二人同時に、頭を下げた。今日子は、感じ良くにこにこと。金髪の男は、へへへっと笑ったまま。

※本記事は、2020年10月刊行の書籍『山田錦の身代金』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。