「同じ敷地で暮らしているが、生活は全て別。買い物は買い物バスを利用し、料理も自分で作る。お風呂も昼から入って、一人だけど、誰にも気兼ねせず気楽」と受診の度に言われます。でも心の中の淋しさがいつも感じられていました。

Mさんが、少し年を取られたこともあるかもしれませんが、こうして息子さんに付き添われて受診しMさんの心の淋しさが少し埋まったように思います。

日頃の受診では体調を尋ねることが多く、あまり生活情報は入ってきません。でも改めて振り返ると、独居の方が多いことにびっくりします。独居を続けるには、健康でなければなりません。その点で言えば、皆さん病気を抱えているもののお元気である証しです。

でもその健康が損なわれた時、生活維持が困難となります。30年の付き合いの独居のKさんが紹介状を依頼されました。当地を離れ転居し、その地域の医療機関への受診希望でした。

93歳のNさんは、最近再三肺炎で入院されています。ご家族からケア付き高齢者住宅への入所が決まったとのご連絡を受けました。また一人、地域を離れます。在宅医療の推進施策の中、在宅での看取りも重視されています。

でも、過疎高齢地域では「家で死にたい」を意味する「住み慣れた家で家族に囲まれての人生の終焉」は叶うことのない夢のように思います。

住み慣れた家ばかりではなく、住み慣れた地域からも離れ、あまり知人、友人もいない地域で人生の最期を迎える。本来の希望である在宅死とは違うように思います。それを防ぐには独居で病気でも、生活をサポートする地域づくりと医療機関の存在が不可欠です。

でも地域の衰退、地域の医療機関の弱体化を見ると心に冷たい風が吹きます。

※本記事は、2020年6月刊行の書籍『新・健康夜咄』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。