私が保育士を目指した理由

私が保育士を目指した最大の理由は、ずばり、保育士になることによって待機児童の問題の解決に微力ながら一助となりたいという一念である。また同時に、なぜ、長年の政府や地方公共団体の努力にもかかわらず待機児童問題が解決されないのか、自分が保育士になることで、保育業界に飛び込み、課題を探ってみたいとの気持ちがあった。

一億総活躍が叫ばれ、女性の社会進出が期待されている一方で、女性の妊娠・出産・育児のために、仕事を離れなくてはならない、もしくはキャリア・パスをあきらめざるを得ない女性のなんと多いことか。昔のように祖母・祖父に育児を頼めた時代と異なり、核家族が多い現在の環境で、保育所に子どもを預けられない場合、妊娠・出産・育児は、仕事の継続や家族の将来計画を考えるうえで大きな壁となってしまう。

結果として、女性の社会での活躍の芽を摘んでしまう。自分のキャリア・パスや自己実現を断念せざるを得ない。そのために悩み、遂には子どもの出産をあきらめる家庭が多い、ひいては少子化問題や高齢出産に直結してしまう。待機児童の問題が、少子化問題に大きく影響しているのは間違いないだろう。

また保育所に入れないために、女性が仕事を断念すると、その家族としての収入も減り、消費も細くなる。日本中で考えると、ひいてはGDP減少へとつながってしまう。日本の貴重な労働人口が減っているにもかかわらずだ。

女性が子どもを保育所に預けられれば、つまり保育所が増え、保育士が増えれば、女性の仕事からの収入とそれに見合った税収で、また保育士の人の収入と税収で少しでも経済の好回転となりうるだろう。

特に、離婚の急増で、ひとり親が増えている。ひとり親は子どもを抱えたまま働かざるを得ない。とりわけ女性のひとり親は収入も低く、保育所に子どもを預けられるかが大きな鍵となる。

さらに無視できないのが、子どもへの虐待の問題だ。全国の児童相談所における児童虐待の相談件数は七万三千件を超える。これは相談件数なので、児童虐待の実数はもっと大きいと想像される。

その原因の主なものに、母親の放任・怠惰や精神疾患等があげられる。核家族またはひとり親で、育児の相談相手もいなく、精神的にも経済的にも追い詰められて、可愛い実の子どもに虐待をする母親が増えている。保育所は、地域の子どもとその保護者をも支援する義務があるので、相談や救いの手を差し伸べて、駆け込み寺になりうる。

シニアの男性、立ち上がれ

もちろん私一人の力で、これらの大きく重たい問題が解決するわけがない。だが、小さな力でも前に進もうとする意志が大事だ。私は二〇一五年まで、待機児童の問題に無関心で、それがいかに全国の女性(特に育児中の女性、妊娠中の女性、これから子どもを産もうか、どうしようかと悩んでいる女性)にとって重大な問題なのかを理解すらしていなかった。

今、自分の間違いに気づき、一歩一歩でも、微々たる力でも、待機児童の問題の解決に尽力したい。特にシニアの男性諸君! かつて我々は社会の高度成長を機関車のように引っ張ってきた。その自負心はあるだろう。でもその中で、家族や子どもへの貢献は決して十分でなかったと思えないか。

シニアの男性は、自分の二〇代、三〇代になし得なかった忘れ物を取り戻しに保育士に挑戦してみないか。シニアの男性、一緒に立ち上がれ! シニアの男性、定年という言葉に安住せず、週三日勤務でも保育士で頑張ろう。これこそ、シニアの男性の働き方改革の一例でもあり、一億総活躍の具体的な実践だ。

人生百年時代を見据えて

二〇一七年四月から、私は都内の認可保育所の保育士として、主担任の保育士の指導を受けて、三、四歳児二三人(二〇一八年三月現在)を担当している。子どもたちと接する毎日が楽しく、やりがいを感じていると同時に、子どもたちの日々の成長について保護者の方々と話す時、若干でもお役に立っているとの手ごたえを感じる。

もともと違う畑の仕事(外資系IT企業)を長くやってきていたので、保育士の仕事も理解しておらず、苦手なオルガン演奏や経験不足の失敗もあるが、保育士の国家資格試験に合格するための学び直し自体も貴重な経験であった。日本人の健康寿命も延び、高齢者は年金のみを頼りにするのでなく、自分の経験を生かし、新しい知識と学び直しから社会に役に立つことが大事である。

人生百年時代を考えると、シニア男性が日本の危機である待機児童問題に挑戦することが一つのアプローチであり、生きる喜びであると思える。本書での私の経験や失敗を参考に、一人でも多くのシニア男性が保育士に手を挙げてほしいと切に思う。

※本記事は、2018年8月刊行の書籍『じーじ、65歳で保育士になったよ』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。