まず前提として、幸せは「自分の心が感じ、決めること」だということです。誰からも強制されるものではないし、100人いれば100通りの幸せのかたちがあって当然だと思います。

しかし、一度教室でこんなことがありました。「みんなにとっての幸せって何?」と聞くと、案の定返ってきた答えは「お金を大量にもらえたら幸せ!」「好きなゲームを買ってもらえたら幸せ」「好きな人と付き合えたら幸せ」というものでした。そればかりといってもよいでしょう。

気持ちはわかるし、確かにそうだとも思います。私もお金を大量にもらえたら嬉しいです。

でも何かひっかかるこの感じはなんなんだろう……。そう思いながらも「幸せ」に関する話し合いを子どもと続けていると、ある生徒が言いました。

「先生さっき、100人いたら100通りの幸せがあるって言いましたよね。だったら、人を傷つけることが自分の幸せだっていう人がいたとしたら、それも幸せといえるんですかね……」と。

そのとき、私は心から「そうですね。どんどん傷つけましょう」とは言えませんでした……。私はそこから深く考えるようになりました。

確かに教育者として、「自由なんだよ」と言うだけでは無責任です。私は、子どもの幸せを実現する教育者として勉強を重ね、「現在も、大きくなっても、幸せに生きていくためには」という問いに対する自分なりの答えを出すに至りました。

あなたは子どもの幸せとはなんだと思いますか。子どもが将来幸せになるために何が必要だと思いますか。一度書いてみてください。

[図] 子どもが幸せになるために必要なものはなんだと思いますか。
※本記事は、2020年10月刊行の書籍『教師は学校をあきらめない! 子どもたちを幸せにする教育哲学』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。