話は飛んで二〇〇四年のことになりますが、斑鳩(いかるが)町教育委員会が調査を行いました。そのとき年輪年代測定法で金堂の天井板に使われていた木材の伐採された年代が測定されたんです。その結果、杉板が伐採されたのは六六七年、ヒノキの板は六六八年に伐採されたというデータが出ました。

そしてですね、いまの伽藍が建っている場所はもともとは平坦な土地ではなくて、前の地形にはかなりの凹凸(おうとつ)があったことがわかったんです。それを整地していまのようにしたわけですな。するといまの伽藍を建てる計画は、かなり前からあったことになりますやろ。

また天井板の伐採年から推測して、火災のあった六七〇年には、金堂はかなりできあがっていたと考えられます。ひょっとしたら、六七〇年にはすでに完成していたかもしれないという人もおるんですわ」

「そうですね。そういうことになりますね」
沙也香は考えながらうなずいた。

「そうするとですよ、おかしなことになりませんか。さっきお話ししたように、六七〇年に法隆寺に火災があって、全焼してしもうた。そやけど再建された法隆寺の金堂の天井には、六六八年に伐採された木材が使われていた。これはどういうことやろうか」

その言葉を聞いた瞬間、沙也香は、あっと小さく叫んだ。
「それ、どういうことなんですか。いったい、なぜそんなことが起きるんでしょう」

「そこですよ。学者もずいぶん頭を悩ましたようですなあ。そこで出てきたのが、再建ではなく、新創建という考え方です」