謎多き天才が残した一枚の絵画をめぐる、
超大作アート・ミステリー。
写真家の宗像は、偶然訪れたロンドンの画廊で、一枚の肖像画に心を奪われる。絵画の名は、夭折した謎多き天才画家ピエトロ・フェラーラの「緋色を背景にする女の肖像」。フェラーラの足跡を追い求めてたどり着いたポルトガルの地で、宗像は美術界を揺るがす秘密に迫っていた。美術界と建築界に燻るスキャンダル。その深部と絵の謎が交錯していく。アートに翻弄された人々の光と影を描き出す、壮大なミステリードラマを連載でお届けします。
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翌朝早く、宗像はホテルをチェック・アウトするとポルト空港へ向かった。車でわずか十分ほどの距離なのだが、タクシーが飛行場に到着したときの様子が少し変だった。
ロビーに入ると右手奥にあるインフォーメーションに大勢人だかりがしている。近寄ると、一人の案内係がさも困り果てたように、ポルトガル語、スペイン語、英語の三カ国語を使って説明を繰り返している。
耳を傾けると今日の午前中は一機の飛行機も飛ばないと言っているようだった。ストライキではなさそうだがと思いながら、続けて聞いていると、今度は機械の故障だ、トラブルだと言っている。
ちょうど隣に居合わせたビジネス・マンらしい男性に様子を尋ねると、どうもレーダーなど、飛行場の管制機器に関するトラブルが原因だから、しばらくは飛ばないようだと説明された。
朝からなんと運の悪いことかと思ったが、故障ではしようがない。特急アルファでリスボンへ戻ることも考えて、インフォーメーション・デスクでチケットの予約状況を確認すると、リスボン到着が十五時か十六時の列車ならば、手配が可能ということが分かった。
しかし飛行機の四十五分は魅力だ。午後には飛べるのではないかと判断し、それまで街でもぶらついて時間をつぶすことにした。搭乗手続きカウンターで尋ねると、電話で確認してから来てもらいたいと念押しされたので、電話番号を控えてホテルへ戻った。
ホテルのロビーには既に何組かの宿泊客が戻っていて、部屋の時間貸しの交渉などをしていた。宗像はトランクの一時預けだけなので、引き換えタグを受け取ることで済んだ。
玄関を出る直前、ロビーに置かれたTVで飛行場のトラブルを中継した番組が見えていたが、その後の新しい展開はなさそうだった。思いがけなくも自由時間が得られたが、良いアイデアが浮かばなかった。
【登場人物】
宗像 俊介:主人公、写真家、芸術全般に造詣が深い。一九五五年生まれ、46歳
磯原 錬三:世界的に著名な建築家一九二九年生、72歳
心地 顕:ロンドンで活躍する美術評論家、宗像とは大学の同級生、46歳
ピエトロ・フェラーラ:ミステリアスな“緋色を背景にする女の肖像”の絵を26点描き残し夭折したイタリアの天才画家。一九三四年生まれ
アンナ・フェラーラ:ピエトロ・フェラーラーの妻、絵のモデルになった絶世の美人。一九三七年生まれ、64歳
ユーラ・フェラーラ:ピエトロ・フェラーラの娘、7歳の時サルデーニャで亡くなる。一九六三年生まれ
ミッシェル・アンドレ:イギリス美術評論界の長老評論家。一九二七年生まれ、74歳
コジモ・エステ:《エステ画廊》社長、急死した《ロイド財団》会長の親友。一九三一年生まれ、70歳
エドワード・ヴォーン:コジモの親友で《ロイド財団》の会長。一九三〇年生まれ、71歳
エリザベス・ヴォーン:同右娘、グラフィックデザイナー。一九六五年生まれ、36歳
ヴィクトワール・ルッシュ:大財閥の会長、ルッシュ現代美術館の創設者。一九二六年生まれ、75歳
ピーター・オーター:ルッシュ現代美術館設計コンペ一等当選建築家。一九三四年生まれ、67歳
ソフィー・オーター:ピーター・オーターの妻、アイリーンの母。
アイリーン・レガット:ピーター・オーターの娘、ニューヨークの建築家ウィリアム・レガットの妻。38歳
ウィリアム・レガット:ニューヨークでAURを主催する建築家。一九五八年生まれ、43歳
メリー・モーニントン:ナショナルギャラリー美術資料専門委員。一九六六年生まれ、35歳
A・ハウエル:リスボンに住む女流画家
蒼井 哉:本郷の骨董店《蟄居堂》の店主
ミン夫人:ハンブルグに住む大富豪
イーゴール・ソレモフ:競売でフェラーラの絵を落札したバーゼルの謎の美術商