食卓には、傷だらけのアルマイトの器に赤飯が盛られており、その横に紅白の蒲鉾が添えられ、更に脂ぎった赤みその味噌汁が並べられていた。これらは、初日に限り、特別に古参兵が用意してくれたものであった。

食事が終わり、全員白の作業衣に着替えて営庭に集合すると、神尾の先導で営内の案内が始まった。砲兵隊らしく、杉井たちはまず、砲廠に連れていかれた。神尾は、厳(おごそ)かにかつやや大仰に、砲兵たるもの今後は大砲は命より大切なものと思えと告げた。

砲廠には厳めしい十センチ榴弾砲(りゅうだんほう)が四門光り輝いていた。砲廠の次は厩舎だった。厩舎は一棟百メートルで、中には数十頭の馬が寝藁の上に大きな尻を外に向けて並んでいた。随行していた野崎が、

「今から担当の馬の名前を言う。この馬はこれからお前たちの戦友だ」
と、それぞれの兵と馬の名前を読み上げた。

「杉井二等兵、神風」
随分勇ましい名前の馬が当たったものだと杉井は思った。

「各自、自分の馬を確認せよ」

との命に、杉井は神風を探した。神風は右端から二番目におり、青毛のつやつやとした尻を通路に向けて、馬糧を食べていた。左の柱に「神風」という名札が下がり、名札の上に赤色の二重丸がついていた。周囲を見ると、他の馬の名札には丸がない。

「上等兵殿、この赤丸は何でありますか」
杉井が訊くと、野崎は全員に届く大声で、
「名前の上の赤丸は噛みつく馬、下の赤丸は蹴る馬」
と答えた。

馬の口の大きさは犬の比ではない。昔からくじ運は特に良い方ではないが、軍隊に来ても相変わらずのようだと杉井は半ばあきれながら厩舎をあとにした。

※本記事は、2019年1月刊行の書籍『地平線に─日中戦争の現実─』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。