雫は手を休め、TVをつける了解を沙希に求めてからオンにした。我が家ではTVはあまり見ない。つけると、あいにく雫の見たいアニメなどの番組は流れてなく、ワイドショーばかりだった。そこに見慣れた顔が目に入ってきた。川島だ。

沙希も川島に気がついたようだ。俺の顔を窺って雫からリモコンを取り上げて消そうとした。

「いや、ちょっと見せてくれる?」
沙希に言った。

川島はワイドショーのゲストで出演している。どうやら新作の紹介のようだ。司会が川島にインタビューをしている。

「愛澤さん。今度の作品は受賞から四作目になりますね。前三作はすべてベストセラーとなりました。ヒット作を産み続ける秘訣はなんでしょうか?」

「秘訣ですか。うーん、特にヒットを意識して書いている訳ではないのですが、一言でいえば『歓び』でしょうか」
「『歓び』ですか?」
「ええ、書く歓び、読む歓びです」
「もう少し詳しくお聞かせ願えますか」

「はい。喜劇にしても悲劇にしても、あるいは純文学にしてもライトノベルにしても、まず書き手が歓びを感じない作品は読者も歓びや感動を覚えないだろう、ということです」

歓び? 中退してからというもの、創作で苦悩はしても歓びなど微塵も感じたことはない。

「なるほど。しかし作家には芸術上の悩みからの孤独な葛藤がついて回ると想像しますが。過去の文豪をみても、その葛藤の果てに命を断った作家は、例えば芥川龍之介、太宰治、川端康成、三島由紀夫、数多くいます。表面的な動機は、男女関係のもつれであったり、憂国の情であったり、一見芸術とは無関係に思える場合もありますが、根底には芸術上の孤独な葛藤があったのではないかと推測します。愛澤先生はそのような芸術上の葛藤についてはいかがですか?」

※本記事は、2020年9月刊行の書籍『流行作家』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。