「うーん、さすがに手際が良いですね、参りました。それでは、私のほうも、えーと……ふむ、ふむ……そう、これにしましょう。メインは蛸の足のグリル、ガーリック風味、マッシュポテトと温野菜添え。アントレは手長海老のサラダ、ボア・ノヴァ風。スープは香味野菜入りソーバ・デ・マリスコス(魚介類のスープ)に」

宗像も相好を崩しながら料理をオーダーすると、真顔になって言った。

「昨日の夕方五時までは見知らぬ間柄でしたのに。偶然知り合って、今日一日一緒に動いて、見て、飲んで、食べて……。密度の高い一日になりましたね」

「ポルトでは建築、アート、太陽、海、ワイン、お魚と、おかげさまで本当に盛りだくさんな一日になりましたわ。オブリガード。すごく感謝しています」

「いえ、私のほうこそ」

「明日午後一時、私はホテル・インファンテ・デ・ザグレスで結婚式と披露パーティーに出席いたします。そして明後日は歴史博物館、市立図書館などを回ってからコインブラへ。宗像さん、明日はリスボンでしたわね。飛行機でしたか?」

「はい、九時四十分の飛行機でリスボンへ」
「ロンドンにはいつ寄られますの?」

「今日は六月十四日ですから、明日から十七日まではリスボンを中心に適当にぶらぶらと、写真を撮ったりして過ごします。それで十八日朝のBA499便でロンドンへ行きますが、その日の午後から二十日の午前中の出発までは特に予定というものはありません」

「ロンドンはどちらにお泊まりでしょうか?」
「いえまだ特に決めては」

「私は十七日の午後ロンドンに戻ります。今回ポルトでは本当にお世話になりっぱなしで。車もガイドもお食事も、何もかも。それで、お礼といっては失礼ですが、ロンドンのホテルは私にお任せください」

「いえ、いえ、そのようなお心遣いはご無用に。私一人でも同じような費用がかかりますし、孤独な一人旅のはずがこれほど楽しいものになりましたから」

「そう言って頂くのは心苦しいわ。私の方も同じで、素晴らしい一日を過ごさせていただきましたから。ですから、ぜひともそうさせてください。お願いしますね、どうぞ」

「……分かりました。それではお言葉に甘えさせていただきます」

「ありがとうございます。それでは、携帯電話の番号をお教えください。十七日の夕方までにホテルの予約を済ませてご連絡いたします。それに、これが私の電話番号です。十八日の午後、ヒースローにお着きになりましたらすぐご連絡ください。私もこの日の午後は空けておきますから。またロンドンでお会いできることを楽しみにしています」

エリザベスの名刺には、アクシアム・デザイン・インスティテュート代表エリザベス・ヴォーンと記されていた。彼女の顔には快活で爽やかな様子と異なり、単なる感謝以上の真剣な気持ちが表れていた。

しかしその特別な事情も理由も宗像には知る由もなかった。

※本記事は、2020年8月刊行の書籍『緋色を背景にする女の肖像』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。