緩い上りの石段は玄関前で白い壁に突き当たった。そこにBOA NOVAと書かれたレストランのロゴが刻まれている。オレンジ色のスペイン瓦で葺かれた庇を支えるように突き出た白壁が、レストランの入り口であることを示していた。

玄関に入るとそこは小さなスペースになっていて、海側へ真っ直ぐ下りていく木造の階段があった。宗像が先になり、使い込まれて黒光りしている手摺を伝って下のホールへ降りていった。そこから直接海岸の岩場へ出られるように、正面には大きい框戸が設けられていた。

「ボア・ノイテ。宗像様、奥様、お待ちしておりました。ようこそボア・ノヴァにお越しいただきました。私が支配人のリーニョスでございます。今夜も大変素晴らしい晩でございます。お食事の前に何かお飲み物でもいかがでございましょうか?」

宗像とエリザベスが顔を見合わせながら小さく頷くと、左側のバー・ラウンジに案内され、窓側にあるコーナー・シートを勧められた。二人は小さいテーブルを挟み、斜めに向き合って座ることになった。

着席すると給仕に同じ注文をしたことで微笑み合った。二つの細いグラスに、良く冷えたティオ・ペペが注がれ、オリーブ入りのガラス器が一緒にテーブルに置かれた。

海側を臨むと、釣り舟かそれともヨットなのか、遥かに遠く、暗い海面に明るい灯火が、五つ六つ七つと瞬いている。視線を近くに転ずると、大きく盛り上がった波頭が次々と押し寄せ、照明に照らされて、そこだけが明るくなった近くの岩場に衝突しては砕け散っていた。

冷たいシェリー酒が身体の奥へ消えてゆくと、宗像の集中力が萎え始めた。ほんの短い間だったが、少し虚ろな目に変わり、考えることはまたもやエリザベスのことだった。どこで会ったのだろう、エリザベスに?

「宗像さん!」
心配そうに宗像の顔を覗き込んで呼びかけるエリザベスの声で我に返った。

「宗像さん、何をお考えに? お代わりいかがですか? ポルトガルですし、食前酒はやはりシェリーに尽きますわね」

同意を求めるような調子で屈託なく笑いながら、エリザベスは宗像のグラスと顔とを交互に見ていた。

「失敬、失敬。ちょっと考え事をしていました。ええ、食前酒は私もこれが一番だと。ところでエリザベスさん、失礼なことをお尋ねしますが、私とどこかでお会いしているということはございませんか? 駅でお会いしてから、もしやと思っていたのですが、どうしても思い出せません。もし私だけが気付かないとすれば失礼ですし」