2 同上告趣意のうち、医師法第21条の適用につき憲法第38条1項違反をいう点について所論は、死体を検案して異状を認めた医師は、その死因等につき診療行為における業務上過失致死等の罪責を問われるおそれがある場合にも、異状死体に関する医師法第21条の届出義務(以下「本件届出義務」という)を負うとした原判決の判断について、憲法第38条1項違反を主張する。

そこで検討すると、本件届出義務は、警察官が犯罪捜査の端緒を得ることを容易にするほか、場合によっては、警察官が緊急に被害の拡大防止措置を講ずるなどして社会防衛を図ることを可能にするという役割をも担った行政手続上の義務と解される。そして、異状死体は、人の死亡を伴う重い犯罪にかかわる可能性があるものであるから、上記のいずれの役割においても本件届出義務の公益上の必要性は高いというべきである。

他方、憲法第38条1項の法意は、何人も自己が刑事上の責任を問われるおそれのある事項について供述を強要されないことを保障したものと解されるところ(最高裁昭和二十七年(あ)第838号同三十二年二月二十日大法廷判決・刑集11巻2号802頁参照)、本件届出義務は、医師が、死体を検案して死因等に異状があると認めたときは、そのことを警察署に届け出るものであって、これにより、届出人と死体とのかかわり等、犯罪行為を構成する事項の供述までも強制されるものではない。

また、医師免許は、人の生命を直接左右する診療行為を行う資格を付与するとともに、それに伴う社会的責務を課するものである。このような本件届出義務の性質、内容・程度及び医師という資格の特質と、本件届出義務に関する前記のような公益上の高度の必要性に照らすと、医師が、同義務の履行により、捜査機関に対し自己の犯罪が発覚する端緒を与えることにもなり得るなどの点で、一定の不利益を負う可能性があっても、それは、医師免許に付随する合理的根拠のある負担として許容されるものというべきである。 

以上によれば、【要旨2】死体を検案して異状を認めた医師は、自己がその死因等につき診療行為における業務上過失致死等の罪責を問われるおそれがある場合にも、本件届出義務を負うとすることは、憲法第38条1項に違反するものではないと解するのが相当である。

このように解すべきことは、当裁判所大法廷の判例(昭和二十七年(あ)第4223号同三十一年七月十八日判決・刑集10巻7号1173頁、昭和二十九年(あ)第2777号同三十一年十二月二十六日判決・刑集10巻12号1769頁、昭和三十五年(あ)第636号同三十七年五月二日判決・刑集16巻5号495頁、昭和四十四年(あ)第734号同四十七年十一月二十二日判決・刑集26巻9号554頁)の趣旨に徴して明らかである。

3 同上告趣意のその余の主張について 所論は、違憲をいう点を含め、実質は単なる法令違反、事実誤認の主張であって、刑訴法第405条の上告理由に当たらない。よって、同法第408条により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

※本記事は、2020年5月刊行の書籍『死体検案と届出義務 ~医師法第21条問題のすべて~』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。