禅は呆れた顔で賢一を見つめた。
「お前も良く言うよ、お前がチクらなかったら、こんな事にはなってなかったんだぜ」

「まあな……でも、どうしても剛史が許せなかったんだよ」

それを聞いて禅が笑った。
「お前は本当にクソ真面目だな、将太君が出て来て、やられる事は分かっているくせに」

賢一は苦笑いした。

二人の名前は、松本禅と森下賢一。二人は家が近かった事もあり、幼馴染だった。小さい頃から気心知れた仲で、周りから見ている人たちには、二人が兄弟のように思えるほどだった。

しかし、二人の家庭環境は全く違っていた。

禅の家は父親が中小企業の社長で、比較的裕福な家庭だった。家族は、父と母、妹の四人家族だ。賢一の方は、賢一が二歳の時に父親が病気で亡くなり、それからは母一人子一人の二人暮らしで兄弟もいない。唯一の家族である母も身体が弱く病気がちで、家も貧しかった。

外見も性格的にも、二人は真逆に見えた。背が高く二枚目、社交的でスポーツ万能、常に周りから注目される禅。それに対して、賢一は小柄で大人しい性格、いわゆる影が薄く目立たないタイプだった。

そんな賢一だったが、正義感が強く、曲がった事や筋の通らない事が大嫌いだった。特に感情的になる訳ではないが、相手が誰であろうと、違う事は違うと言ってしまう。だから、時にその性格が災いした。

「お前、生意気なんだよ!」

そう言われ、トラブルになる事が多かった。そんな賢一を禅は助けた。それは、周りから見ていても兄弟のように思えた。その姿は、弟を助ける兄、そんな風に見えたからだ。

禅は真面目な賢一が好きだった。やられるとわかっているのに正義を通そうとする賢一……禅は、その純粋さを理解し、助けたいと思っていた。そして二人は、お互いに一番信頼出来る関係になっていた。

口数が少ない賢一も、なぜか禅の前ではよくしゃべった。それは周りから見ると、本当の兄弟のように仲が良く見えた。実際、男兄弟がいない禅と、兄弟のいない賢一は、お互いに助け合い信頼し合って、本当の兄弟のように思っていた。そんな二人の口癖はこうだ。

“俺たちは兄弟以上だからな”

そして月日は流れて行く……。

※本記事は、2020年10月刊行の書籍『アリになれないキリギリス』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。