有機栽培の謎が解けると、今度は富井田課長が、自然栽培について語り出した。農水省の官僚だけあって、この話が得意らしい。

「自然農法って昔の言い方で、今は法律的にその言葉は使っちゃいけないことになってます。もちろん農薬と化学肥料は、不使用。それに加えて、田んぼの中や用水の水路など、栽培に関係するところすべてに、樹脂などケミカルな素材を使わないのが、オーガニック農法なんです」

自分勝手にやってる分には、例え農薬や化学肥料を使わなくても、有機栽培とは名乗れない。ルールに則った上、お墨付きをもらう。それで初めて、オーガニックと名乗ることができるらしい。

「ずいぶん面倒くさいんですね。そんなことしなくても、いい物は売れるんじゃないですか?」
高橋警部補が、横から口を出した。玲子も、聞きたかったところだ。

「オーガニック農法は、世界的には当たり前になりつつあるんです。輸出の際にも、オーガニックと慣行栽培では、扱いがずいぶん違います」

「観光栽培?」

「違います、慣行栽培です。農薬や化学肥料を使う一般的な農法。それだと、一段低い物に扱われてしまう。だから、有機認証取るところが増えている。でも、有機認証を取得するには、農薬と化学肥料を止めてから、三年以上かかります」

土壌に残留した農薬や化学肥料は、自然の中で分解されたり、雨水に流され、徐々に濃度が低くなる。だが、有機栽培と認められるレベルまで下がるのに、最低三年はかかるらしい。

それだけではない。近隣の田畑からの化学物質の飛散もある。そこで、隣田との距離や隣の栽培物の種類、栽培方法もチェックされるという。

「毒をまかれた田んぼは、一年目でした。今年が最初の査察で、順調にいけば三年後に、有機認証を取得できる予定だったんですが」
秀造が、悔しそうに唇を噛んだ。

樹脂板で田んぼに囲いを立てるだけでも、認証は取れない。化学物質溶出の恐れがあるからだ。毒をまかれたら、論外である。

春から、半年間に渡ってつけてきた、栽培日報。使用した有機の肥料や資材の品質証明書。それらが、すべて無駄になってしまった。

「有機認証を取ってる田んぼの継続審査は、どのくらいかかるのですか?」
高橋警部補が、税務調査室を指さした。

「まず書類審査を行って、その後現地調査になります。たぶん、明日の午後くらいまででしょう」

「明日も田んぼで、絶対一悶着起こしますよ。あいつら。そういう奴らなんです」
富井田課長が、自信満々、憎々しげに断言した。

※本記事は、2020年10月刊行の書籍『山田錦の身代金』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。