そういう場合、東京在住なら即刻調べる方法もあろうが、地方では資料が不足である。結局後日、気象庁図書館に出向き『東京都の気候』等を参考に私なりに次の結論を得た。(※3)

二月二十二日、前夜から肌寒い小雨が降りはじめ明け方の最低気温は氷点下〇・四度まで下がった。この日は日中になってもうすら寒く最高気温は四・四度どまりであった。昼頃環は出生。

夜に入って雨は雪にかわり、明けて二十三日には氷点下○・一度と下がり、辺り一面は雪景色で九センチほどに降り積もった。この日の気温は一〇・一度まで昇り暖かさを増した。環はこの日の朝八時頃二十時間ぶりに呱々の声をあげている。まる一昼夜、寒さに蹲っていたことになる。

翌日から気圧配置は完全に冬型となり、朝夕の気温も一段と下がって雲ひとつない好天が続いた。

以上の気象解析は気象観測原簿によって精査したものではないので概況の域を出ないが、環遺稿の記述精度の確証を示し得たものと思う。遺稿を引用しておく。

生れてから一書夜、泣かなかったのでお父さんもお母さんも産婆さんも、この赤坊は啞ではないかと心配したそうですが、生れてから二十時間たった翌朝の八時頃、元気な声で、オギャーオギャーと産声をあげたので、みんな愁眉を開いたそうです。(※4)

父親は、環の前の男子二人が夭折しているので、今度こそ跡とりにと、この赤子に男子の名前である「環」と名付け健康に育つことを祈ったのであった。

※本記事は、2020年10月刊行の書籍『新版 考証 三浦環』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。