いなくなってしまった

訪問診療に出かけます。「今日は何名?」「3名。少ない。どうしてこんなに少ない」。それに病院の周辺だけです。

10年前の訪問診療状況を振り返ってみます。坂下病院全体での訪問診療対象者は76名でした。訪問件数で見ると540件です。化石医師個人の担当は15名くらいでした。1日では回り切れず2日に分けて訪問していました。

それが現在は3名。病院全体では22名で訪問件数としては159件です。10年で3分の1近くに減っています。訪問診療件数の減少に伴い在宅での看取りも減り10年前の10件から昨年はわずか1件でした。

訪問看護は? 10年前は4613件の訪問回数でした。昨年は4814回でありあまり減っていません。でも5年前に6432回だったことを考えればやはり減ってきています。

73歳のSさんが「紹介状を書いて欲しい」と依頼されて来ました。Sさんはご主人を看取られた後一人で生活されています。「でも自分も年を取り、いつどうなるかわからない。その時にあわてるよりも動ける今のうちに入れる施設に入っていた方がいいと思って」の理由です。ご主人を亡くされ当地には誰一人身寄りのないSさんは生まれ故郷へ戻って行かれました。

同じように95歳のMさんも紹介状を依頼されてきました。Mさんも独居で生活されてきました。しかしご高齢になり少し認知症症状も出てきたMさんを心配されたご家族が、施設入所を考えられたのです。

そう言えば心不全のある92歳のYさんも施設に入られることになりました。Sさん、Mさん、Yさん以外にも最近こんな紹介状依頼が増えてきました。

高齢世帯で何とか在宅医療を続けているものの、介護する自身の体調が思わしくなく介護負担が大きい。出来れば施設に入所させたい。ずっと在宅で介護を続けて来たが、伴侶が逝き、一人残ったけれど生活できない。施設に入りたい。また認知症のYさんのように介護してくれた奥さんが先に旅立たれてしまったケースもあります。

このように在宅で生活できなくなった。介護者が介護しきれなくなった。訪問診療件数の減少原因の一つです。

かかりつけ医機能を中心に在宅医療が推進されています。しかし10年前に比べ地域の高齢化、過疎化が急激に進行しています。訪問する医師さえも高齢化、減少しています。

医療機関が沢山あり、いつでも医療を受けられる。若いマンパワーも十分にある。そのような地域では国の推進する在宅医療もそれほど難しくはないかもしれません。

しかし当地のような地域で国の求める在宅医療が果たして可能か疑問に思ってしまいます。データ的には訪問看護回数は減少していません。訪問看護をご利用されている方は外来通院診療を受けながら家で吸痰や点滴などの訪問看護を受けています。

忘れてならないのは家庭で介護するマンパワーの存在と、24時間訪問看護をバックアップする医師の存在がなければ、訪問看護も成り立たないことです。

前述のように地域では医師が減少しています。当院でも医師数が減少し当直回数が増え救急対応も困難になってきました。そのような中で急変時に在宅まで出向くことは困難です。

さて訪問した3名の方はいずれも病院からすぐ近くの方ばかりで介護者も存在します。でも今まで往復1時間かけて訪問していた方々は皆施設へ入られ、いなくなってしまいました。

※本記事は、2020年6月刊行の書籍『新・健康夜咄』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。