僕は医者になって初めて褒められて嬉しくなった。外科研修は3ヶ月間であったが、最後まで順調だった。

「僕は外科医になりたての頃、指導医の先生から毎日怒られまくって手術に入るのが本当に嫌だったんだ」

石山病院の外科でエースの長谷川先生にそんな苦しい時代があったなんて意外だった。

「その先生から、お前みたいなやつはほかの病院に行ったら絶対に通用しない、潰される。何度もそう言われたよ」
「そうなんですか?」
「うん。そして毎日毎日怒鳴られたけど、なぜ怒られているのかわけが分からなかった。でも山川君の姿を見て、あの時に怒られた理由が分かった気がするよ」
「はあ」
「僕には謙虚さがなかった。何度も同じ失敗を繰り返していたのに、それをなんとも思っていなかった。自分に自信があって人の意見を聞かなかったんだ。だから怒られていたんだけど、全然響かなかった。でも山川君にはそれがない。謙虚でひたむきで、言われたことを素直に聞いて、すぐに行動を変えられる」
「僕は自分に自信がないだけです」
「今の自分に自信があったら問題だよ。自信がなくても何か指摘された時に自分の非を認めてすぐに実行できる人はそんなに多くない。とても難しいことなんだ。特に小さい頃からエリート街道を歩いてきた医者はみんなプライドが高いから僕みたいになる。でも山川君はそれが自然にできる。このままいけばきっと近い将来すごい外科医になれるよ」
「ありがとうございます」

単純と言われるかもしれないが、僕はこの言葉で外科医になることを決意した。外科研修を通して手術の楽しさを知り、外科医になりたいと思うようになっていたが、競争に対する苦手意識を持っていた僕は、外科医になるという決断ができなかった。

かと言って、外科の楽しさを経験した僕は今さら内科やその他の科を専攻するというイメージも持てず、どうしようか悩んだ。しかし、最終的にこの言葉に後押しされて外科医の道に進むことを決意した。

※本記事は、2020年7月刊行の書籍『孤独な子ドクター』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。