「山川くん、手術にも興味があるんだよね。よろしくね」
「よろしくお願いします」
「とりあえず、これで糸結びの練習をしてきて」

僕は糸結びができないと命を取られるかもしれないという恐怖心から、必死に糸を消費していった。

「渡した糸、全部使い切ったの? さすがは外科志望」

外科研修が始まる前日、必死に糸結びの練習をする僕と、机の上に広がっている結ばれた大量の糸を見て、長谷川先生は僕に声をかけてくれた。どうやら研修が始まってからの練習分もくれていたらしい。

何か勘違いされているようだったが、そう言われて悪い気はしなかった。そして、外科研修の初日がやってきた。

「研修医の山川です。今日から3ヶ月間よろしくお願いします」

外科の先生方の前で挨拶をした。石山病院には外科医は8人しかいなかったが、それでも内科研修の時とは違った体育会系の雰囲気があり、威圧感があった。

「君は外科志望なんだよね。よろしくね」
「外科志望は最近少ないから貴重だな」

後で知ったのだが、長谷川先生が「山川君は外科志望で、一生懸命に糸結びの練習をしていました」と話してくれていたようだ。「実は外科志望ではありません」とは言い出せない雰囲気になってしまい、本当のことがバレたらと思うと先が思いやられた。

一方で、その期待に応えたいという気持ちも芽生えていた。同期の宮岡や細山に対して劣等感を感じていた僕は、その期待が嬉しくもあったのだ。

※本記事は、2020年7月刊行の書籍『孤独な子ドクター』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。