プロローグ

マックス・プランクは、清潔なゴム被覆の帯電防止床に落ちないように、実験室のテーブルに掴まっていなければならなかった。机の表面から眼を離さずに、手探りで椅子の背もたれを片手で掴んでから、引き寄せた椅子にどっしりと座った。

今や黒い板の上に横たわっている物体を注意深くチェックしながら、禿げた頭を手でそっと触り、二度神経質そうにこぶしを握り締めた。遂に成就したぞと、喜びと絶望とが混じった気持ちが込み上げてきた。一年前、ノーベル賞委員会から理論物理学の分野における業績に関して賞を授与された時に、彼はヘルマン・ミュラーのことを思い出した。

ミュラーはマクシミリアン・ギムナジウムの老教授・数学者であり、マックスを天文学と力学の世界に導いた人物であった。今は、しかしながら、ミュラーのことを考えていなかった。それどころか、量子論についてともに熱心に議論した次席教授たちや准教授たちのことすら考えていなかった。

頭の中で、父方の祖父・曾祖父のことを考えていたのだ。彼らはそれぞれにゲッティンゲンで神学の教授をしていた。

祖父と曾祖父は、今マックスに何を言うだろうか? もし、人が最後の一線を越えて神と等しくなったとマックスが言って、証明も行ったなら、二人はどのように反応したことだろうか?

マックスはおどおどしながら微笑み、震える指で、あごと頬をさすった。そして口ひげを撫でた。唇が震えていることに気づいてはいなかった。

起き上がった時に身体がこわばり、背中に痛みを感じた。しかし、時たま耐えられないほどだったリウマチが今となっては無害となり、かすかな痛みとなっていた。