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九時少し前、再びアンホドロのメルセデスでホテル・アトランティックに向かった。今朝に次いで二回目のアトランティックである。到着してロビーを見回したが、エリザベスの姿はどこにも見えなかった。近くのソファに腰を下ろしていると、レセプション・カウンターの女性が近寄って来てメッセージを伝えた。

「宗像様ですね? エリザベス様からのメッセージです。もう少々かかるようですので、バーでお待ちくださいとのことでございます」

宗像は二百エスクードのチップを渡した。
「ありがとう。ここで飲んでいますからそう伝えてください」

一杯目のマティーニを飲み終えたとき、胸元が開いた明るい黄色のドレスを着て、エリザベスが現れた。

幅広の真っ白いエナメルのベルトを締め、細く長い首元には二連の真珠のネックレス。ドレスはろうけつ染でプリントされたシルク生地のようだった。黄色の地に淡いピンクと白の蝶蝶が幾十も飛び回っている個性的なデザインで、仄かに東洋的な雰囲気を漂わせていた。靴とバックは白のエナメル革で揃えていたが、ドレスが目立つ分だけこちらをシンプルにしたようだった。

「御免なさい、結構時間がかかってしまって」

「私たちと違って女性は身支度に時間がかかるものです、気になさらないで下さい。おかげでマティーニを飲めましたから。でも今晩はオリエンタルの雰囲気がとても素敵ですね」

「そうおっしゃっていただくと助かりますわ。参りましょうか」

夜九時を少々回り、さしもの陽の光も翳ってきて周囲に涼しい風が漂い始めた。レストラン・ボア・ノヴァは、隣町パルメイリャの北端に位置しているので、海岸に出てから真っすぐ北に進んだ。

道路の左側には限りなく青い海が続き、まもなく沈もうとする太陽が、その色調を黄色からややオレンジ色に変え始めていた。日没前の夕日が窓を通して、そのやや低い角度の光線を車内の奥深くまで差し込ませていた。

宗像は右側の席に座り、エリザベスが海側に座った。眩しそうに目を瞬かせながら、一心に夕焼けに染まる海を見つめているエリザベスの顔が、オレンジ色に染まっているだけでなく、瑠璃色の瞳の奥も金色に反射して光っていた。

二重に巻いているネックレスが胸の上で揺れ、その一粒一粒の真珠の玉も同じ金色の光を、車内に柔らかく反射させていた。夕日を浴びてオレンジ色に染まる海を見るふりをして、宗像は疾走する車内でエリザベスの横顔を、何かを確かめるように凝視した。

なんと美しくも魅力的な人。だが、結局はあの疑問に戻るのである。彼女とどこで会っているのか? 宗像は心臓の鼓動が大きく振れ始めるのを押さえられなかった。

底無しの疑念が手前に立ちはだかっているようだった。

※本記事は、2020年8月刊行の書籍『緋色を背景にする女の肖像』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。