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写真家という職業柄、宗像は一度会った人物の顔は忘れない習性を備えていた。以前のこと、四年続けてイスタンブールで撮影したことがあった。そのときに撮影した、街で出会った男たちに、その後の撮影で再び出会ったことが何度かあった。

それだけ鮮明に彼らの顔を記憶していたのである。撮影が終わるとまず現像をする。それから密着焼きで粗い選定をしてキャビネに引き伸ばす。さらに絞込んだものを四つ切に引き伸ばし、ルーペで確認しながら最終作品を作るのが通常のやり方だった。

印画紙を替え、フィルターを替え、焼き込み具合を変える。そのたびに、食い入るように写真を観察しながら調子を整える。だから、たとえそこに登場する人々が見知らぬ人であったとしても、その表情は深い記憶として網膜に焼き付けられているのだった。

今回はその網膜に靄がかかっていた。しかし、宗像の冷徹な観察眼はもう一つ別の印象を受けたことも思い出していた。エリザベスの明るく快活なしぐさの裏に……そう、確信というほどのものではないのだが、なんとなく淡い影の存在を感じていたのだった。

遅れてサービスされた大きいオリーブのピクルスを噛み砕き、良く冷えたマティーニを飲み干すと、オリーブの塩気までもが甘く感じられた。メリハリのあるさっぱりとした液体が火照った身体に流れ込むと、それは一瞬のうちに全身に染み渡っていく。

こうして宗像の頭の片隅にひとたび住み付いたエリザベスの淡い影は、アルコールの影響もあって、次第に大きく、そして濃い影へと変化して行くのだった。

「今日はどこに行かれましたか?」
バーテンダーが愛想笑いを浮かべて話し掛けた。

「ビンテージ二十年にはとても感激しました」

「それはようございました。こちらでは昼間召し上がる甘いワインも良いですが、夜のドライな白ワインが、また素敵でございますよ。今晩は確かレストラン・ボア・ノヴァでございましたね。それなら魚と白ですね、羨ましい」