「君、海外旅行した事ないのかい?」
「ないわ」
「どうして? 君くらいの年頃の女の子は海外旅行をよくするんじゃないのかい?」
「そうね……。周りはそうだわ。でも、私は古い考えの父の元で育ったから……。父はね、女は海外旅行なんて行くもんじゃない! 危険だから絶対行かせないって。だから、家を出るのは凄く大変だったわ」
「よく許してもらえたね」
「ううぅん。勝手に出ちゃったのよ。連絡もずっとしてないし、今頃は心配を通り越して、きっとあきらめてると思うわ。……結局、私は父を捨てたのよ」
「……僕は、父に捨てられたよ」
「えっ?」

神矢の顔が急に暗くなった。

「僕の父は銀行マンでね。取締役にまでなった。ところが部下の不正が発覚して、責任をとらされて左遷された。それから酒に溺れるようになってね。アル中だよ。医者にもかかったが、退院してすぐ、いなくなった。……蒸発したんだ」
「えっ? それで帰って来られたの?」
「いや。警察からも何の連絡もなく、二年が過ぎてね。……母が鬱病になって……自殺したんだ」
「………」

私はどう言ったらいいのか言葉がなくて、頭が変になりそうだった。こんな事を自分が聞いてしまっていいのか、わけがわからなくなって混乱してきた。だが、神矢は無表情のまま話を続けた。

「僕は、母を守ってやれなかった。……父は結局、弱い男だったんだ。父みたいになりたくないから、僕は酒をやらない。……母の死体を発見したのは僕だよ。大学から帰ったら、家の風呂場で手首を切って倒れていた。……そのあと、僕は鎌倉の家を売り払って、大学を出てすぐ、イギリスへ行ったんだ……」
「………」