「上場の最大の目的は市場から資金を調達することです。しかし親である七洋商事には十分な資金がありますからその必要はあまりありません。むしろ上場しているためにかかるコストはばかになりません」

と、アンドルーの方を向いて言った。

アンドルーは直接の担当だから、自分の人件費もふくめて、コストがどのくらいかかっているのかわかっているので苦笑いして頭をかいた。

これでやや場が和み、高倉がにこやかな表情で言った。

「株主向けのぶ厚い事業報告書やメディア対応にもかなりのコストがかかっている。この費用がなくなるのは効果大だな」
「はい、あとは上場企業というステイタスや信用度です。これも絶対必要ということではありませんね」

と、秋山がつけ加えた。
上場廃止についてはバートも賛成した。

「しかし、一般株主から株を買い取るためにはかなりの資金が必要です」

このアンドルーの発言に、秋山がすかさず電卓をたたいて、
「プレミアをどのくらいつけるかによるでしょうが、五千万株を買い取るのに十二億円ぐらい必要だと思います」
と言った。

アンドルーがその間に資料を取りに行ってすぐに戻ってきた。

「一般株主の持ち分は四千七百万株です。現在株価は一ランド前後ですから二〇%のプレミアをつけると仮定すれば、一・二ランドで四千七百万株となると五千七百万ランド(十億円)ぐらいの計算になります」

「秋山君、銀行から追加で融資を受けられるか?」

秋山は一年前に社長室長からかわって、財務・経理の責任者になっている。
「当地の四大銀行すべてから毎月枠一杯借りていますので、さらに追加借り入れは無理だと思います」

「何か手はないかなあ?」
高倉が考えこむと、秋山がふと思いついたらしい。

「日本のTM銀行のヨハネス駐在事務所の佐々木所長にお願いしてみますか」

「おう、佐々木さんか。彼なら相談に乗ってくれるかもしれないな。早速、明日彼のオフィスを訪ねてみよう。この件はTM銀行との交渉結果まで棚上げとする。念のために言っておくが本件は、たとえ家族であっても絶対に口外してはならない」

といって、当該案件は一旦棚上げとして次に移った。

「ではアンドルー、つぎに行こう。BEEの第二の要件は?」

「黒人従業員の教育訓練です。現在我が社の従業員二千五百人の内、千五百人が黒人です。この訓練プログラムを作成し、その実績を毎月当局に報告しなければなりません」 

※本記事は、2020年9月刊行の書籍『アパルトヘイトの残滓』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。