八年勤めた間には、大阪代表は二人に仕え、秘書室長は交代し四人と仕事をした。退職して、何とも言えない空虚感に襲われた。

つくづく思った。澄世は仕事が好きだった、と言うより、仕事を愛していたのだと。辞めて、その事に気が付いた。

様々な症状に悩まされる中でも、血圧が最悪だった。上が五十から上がらず、下は三十ほどだった。病院を転々とし、色々な検査を受けた。

結局T病院で、朝一番の採血で診る検査を受け、コルチゾール値が低すぎると言われ、検査入院をした。平成十七年夏、澄世は三十八歳だった。

コルチゾールとは、生体にとって必須のホルモンで、朝に大量に分泌され、それによって活動が出来、夕方以降には分泌量が下降するものらしかった。澄世のような場合、難病のアジソン病の疑いがあった。

しかし、入院し、検査を受けた結果、アジソン病ではなかった。若い医者が言った。

「口内炎は頻発していますが、ベーチェット病でもありません。喘息と言い、様々な症状は膠原病に近いと思われます。と言って、膠原病ではありません。膠原病の一歩手前です」
「病名は?」
「ありません」
「では、治療は?」
「膠原病ならステロイドを使いますが、そうではないので、治療は何もありません」
「えっ!? このまま暮らせって言う事ですか?」
「そうです。慣れるように過ごして下さい」
「……」

それで終わりだった。澄世は絶望した。こんなにも酷い体と、どう付き合えと言うのか!?

仕事も出来ない、もちろん結婚も出来ない、どう生きろと言うのか! 澄世は天に聞きたかった。