もちろん研修病院に指定されている以上、初期研修に最低限必要な経験はできる。しかし、病院にない診療科を学ぶことはできないため、まだ明確な目標がない者には不向きなのだ。

以上の理由から、僕の場合は初期研修先として大きめの病院を選ぶのがセオリーだった。実際に大きな病院を見学し、面接も受けた。癖がそれほど強くない僕は、面接での受けも良く、いくつかの病院から内定をもらっていた。

しかし、同期は仲間であると同時にライバルでもある。同期が多ければ多いほど、ライバルも多くなるし、上級医も競争を煽ってくる。

気が弱いと自覚していた僕は、そういった厳しい環境でやっていく自信がなかった。みんなで一緒に手を繋いでゴールテープを切ろう、みんな1位でいいじゃん、というタイプなのだ。

競争は理不尽さを生み、勝利は生まない。僕は学生時代に野球部に所属していたのだが、当時のレギュラー争いやそこから発展するいじめの残酷さを経験し、競争というものを嫌うようになった。

どこに行っても必ず競争はある。社会に出て集団生活を送る上で仕方のないことである。理解していたつもりだったが、石山病院の院長が病院説明会で言った一言に、僕は衝撃を受けた。

「医者同士はライバルではなく味方です。みんなで一丸となって患者さんに向き合っていきましょう」

僕にとってとてもタイムリーな一言だった。しかも院長は全然気取っておらず、さらっと言った。少なくとも、僕にはそう聞こえた。

その言い振りから、この人は本当にそう思っているのだと感じた。この言葉を聞いて、やっと競争から解き放たれる、と思った。

向き合う相手は患者さんであって医師ではない。これは今でも僕の念頭に置いてある大切な思想だ。

実際に石山病院を見学してみると、穏やかな先生方が多く、競争を煽るような雰囲気はなかった。僕はこの病院で研修することを決めた。

同期に対するライバル意識はある。時に競い合うこともある。ただ扇動者がいないことで僕の初期研修は穏やかに進んだ。

※本記事は、2020年7月刊行の書籍『孤独な子ドクター』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。